通常そばを練るときには、水を使用するのですが、その水のかわりに「お酒」を使って練ったのが、 当店自慢の酒そばです!
お酒は富山で人気の地酒を使っています!
お酒の風味と香りが、 そば本来の風味と香りにからみあい、今までにないおいしいおそばができあがりました!
そば通、お酒通と呼ばれる方の中には、そばを食べ終わった後に
「残ったそばつゆに酒を少し足して飲む」のが最大の楽しみといいますよね。
まさしくお酒好きの方には、もう「たまりませ~ん!」っておいしさです♪
でも、お酒の苦手な方でもご安心くださいね! アルコール成分はそばを茹でた時にほとんど飛んじゃいますから、 お子様でも安心して食べられますよ!
(※但し、アルコールに弱い体質の方や小さなお子様はご注意ください。)
そばを茹でたあとのそば湯は ほのかなお酒の香りと旨味がでており、 それはそれはえもいわれぬおいしさ!
そばのお味から、香り、はたまたそば湯まで、 全てがたまらなぁ~いのが酒そばです♪
いつもの「そば」とは違う、ちょっとリッチなひと時を「酒そば」でお楽しみください♪
★これは珍しい!ひそかな噂を呼んでいる★こだわり酒そば
当店売れ筋NO1がこの「こだわり酒そば」です!
「こだわり酒そば」は、その名のとおり、
原材料にこだわり、厳選した、国産の原材料を使用しています!
■こだわり・その1:そば粉■
そば粉は、日本有数のそば処信州・安曇野(あずみの)産のそば粉を、 石臼にて、丁寧に、丁寧に、粗挽きしたものを使用しています。
北アルプス山麓長野県安曇野市一帯の地域は、 名水百選「安曇野わさび田湧水群」で知られる日本有数の名水の土地です。
清らかでミネラルが豊富な水によって、味も香りも素晴らしいそばが育まれます。
■こだわり・その2:製法
このそばの味と香りを最大限引き出すため、 製法にもこだわっています♪
そばの実を製粉する際、これまでの方法ですと、 機械製粉のためかなりの熱が発生し、 そば本来の香りが失われてしまいます。
昔ながらの石臼を使ってゆっくりと、丁寧に、丁寧に、挽くことによって、 そばの実の甘皮と呼ばれる部分をも一緒に挽きくるんだ、 そば本来の香り一杯の粗引きの「そば粉」にしています。
■こだわり・その3:小麦粉
小麦粉は北海道の大地が、育んだ小麦粉を使用しています!
北海道産小麦の特徴は、風味がよく、 その豊で広大な大陸同様、豊かな味わいを大切にし、そばの風味を最大限に生かす粉です。
■こだわり・その4:お酒
地元富山で人気の地酒を使用しています。
富山県は、三方を北アルプス立山連峰などの、山岳地帯に囲まれており、 中央には実り豊かな平野が広がっています。
富山湾、日本海へと開けている天然の巨大ダムともいえる山々からは、 一年を通じて豊かで、清らかな水が生まれるんです!
豊かな大地と清らかな水に育まれた米どころ富山は、日本でも有数の酒どころでもあります。
酒そば本舗の酒そばは、富山で人気の地酒を使用しています。
2015年03月31日
22秒の痕跡
ウエブトピックスより、宇宙の誕生はもっと昔でしたという話題。
宇宙は138億歳、従来説より1億年高齢
今を遡ること四百数十年、人間50年・・・と幸若舞「敦盛」を舞って散ったのは信長でした。現代の我々は、どうやら信長より長く生きることが出来るようでありますが、2倍生きることができたとしても、せいぜいで100歳というものでしょう。
一方宇宙は歳を1億年若くさばをよんでいたらしいということですが、1億 ÷ 137億 = 0.73% のことに過ぎません。さらにもっと根気のいる(絶望的な?)計算をしてみれば、
100 ÷ 138億 = 0.00000000724
0.00000000724 × 100年 × 365日 ×24時間 ×60分 × 60秒 = 22.8秒
人間世界のせいぜい50年や100年は、天界の時間にしてみれば僅かの22秒。まさしく「夢まぼろしのごとくなり」といえましょう。
宇宙誕生のビッグバンから間もない時期に放たれた「最古の光」を詳しく解析して作成したという、観測可能な最も初期の宇宙図とやらが同時に配信されています。
さて、これが誕生初期の宇宙だといわれても、138億年後に私が確かに存在することになる地球は、まるで地球儀のようにも見えるこの宇宙図のどの辺に位置するというのでしょう。
まぁ、存在場所を確定できたとしても、せいぜいで22秒のこと。はたして私たちは、この宇宙図にどのような痕跡を残していけるものなのでしょうか?
2015年03月30日
おかわりを言うにもタイミングが大切
ラーメンは日本の国民食とも言われていますから、どこの地方でも特徴のあるラーメンを提供する店があることと思います。またそういった地方都市には、どういうわけかラーメン店が軒を並べるいわゆるラーメンストリートとかラーメン横丁とか呼ばれる一画が、必ずあるのも興味深いですね。
当地でも車を走らせているとラーメンストリートと呼んでもいいと思われる一画に出会うことがあります。こんなにラーメン屋さんが集中していてやっていけるのだろうかと思うことしばしばです。
いつぞや入ったブラックラーメンの店の近所にもたくさんのラーメン店が出店していて、あそこは美味い、あそこはそれほどでもないなどと聞いたりするのですが、昔ながらの中華そばを看板にしているお店の評判を耳にしたので、早速入ってみたのです。
・・・正直に告白します。味もさることながら、ラーメンを注文すればランチタイム(11時~14時)おにぎり食べ放題の店というのに引かれました。(笑!
それで野菜ラーメンを注文したら、店員さんが「只今ラーメンにおにぎりか麦とろろ飯がついてきます。おにぎりも麦とろろ飯もサービスとなっております。何個でもお変わり自由です」というではありませんか。ならばと「おにぎりをお願いします」と小声で言ったら、店員が「おにぎり何個になさいますか」と辺りをはばからず大声を発するのには往生した。
「そうだねぇ~、えぇ~と・・・」とますます小声になる私を無視して、「では、とりあえず2個お持ちします。足りなかったら、おかわりをおっしゃってください。はぁ~い!野菜ラーメンにおにぎり2個!」と一段と声を張り上げたのでした。
・・で、「お待たせしました」と私の目の前に運ばれてきたのが、写真のラーメンとおにぎり2個。
・・・おにぎり小さいじゃないか。(笑!
おにぎりの大小もさることながら、普通野菜ラーメンといったら、野菜を炒めた中にスープを加えて一煮立ちしたものを麺にかけるって調理法が一般的でしょ。この野菜ラーメンの野菜、キャベツにしてもモヤシにしても火が通っていない。写真でもキャベツの生っぽさが見て取れるでしょ。ついでにおにぎりの小ささも。(笑!
まあ、野菜はどれも新鮮でパリパリでしたから、新鮮な生野菜を醤油味で食べたと思えば腹も立ちませんかね。
あともうひとつ言っておかなければならないことがあります。・・・おにぎりのおかわりを言うタイミングがどうしても店員さんと合わなくて、最後まで言い出せないまま店を出ることになったのでありました。(涙!
店員たるもの、客にタイミング合わせろよ!(大爆笑!
2015年03月29日
「月震」
皆さん、地震の怖さは改めて言うまでもありませんね。何しろ自分が立っている大地が震えるのですから、逃げようがない。そしてそれがいつどのくらいの規模で起こるのか分からないのですから、始末におえない。
今私は大地が震えると言いましたが、文字どおり地球が震えるから"地震"と書くのでしょう。ところでその地球の周りを回っている月にも地震があるってことご存知でしたか?
本日の日経の特集「Sunday Nikei」のサイエンス欄に載っていました。
「ナゾ謎かがく」より、月でも地震が起きている
月に地震があるってことにも驚きましたが、それを「月震」と呼ぶって書いてあったのにはビックリ。思わず身が震えましたね。(笑!
NASAが実施したアポロ計画で、月にはすでに4台の地震計が設置されているのだとか。その観測によると、多くの月震は地下(月の地震のことを月震と呼ぶなら、月下と書くべきではないか?・・・笑!)900kmに震源が集中していると。
地球の地震がせいぜい100kmであることに比べて深く、プレート運動や火山活動のない小さく冷えた天体の月の地下で何が起きているのか、月の内部構造や起源とも関係し注目されているのだということです。
「月震」と聞けばなぜか浪漫が駆り立てられますが、「地震」と書けば知らず身構えてしまうのは、地球に生きるものの宿命と言わなければならないのかも知れません。
2015年03月28日
「純野生」のトキ誕生か
一度は日本固有の種が絶滅した佐渡島のトキでしたが、中国から譲り受けたペアを人工飼育して数を増やし、何とか自然界に放鳥できるまでになったのは、トキ保護センターによる涙ぐましい努力のたまもの以外の何ものでもありません。
2008年に自然放鳥が開始されてから、今年初めて自然界で誕生したトキのペアによる営巣が確認されたという話題。
ウエブトピックスより
野生育ちトキのペア、営巣36年ぶり 佐渡放鳥以来で初
順調にいけば約10日後に産卵が確認できるということですから、このペアから雛が誕生し成鳥に育て上げることが出来れば、晴れてトキの野生化に成功したと言えることになりますね。
さらに年を重ねていくごとに、個体識別の足環のないトキの数がどんどん増えていき、それが佐渡から新潟へ、そして全国へと広がって行くことを願っています。
2015年03月27日
「ぽっくり寺」参拝
信長が人間50年と敦盛を舞ってよりこの方、ついこの間まで人間の一生はおおよそ50年、60年生きれれば儲けもの、70歳ともなれば文字どおり古来より稀と呼ばれたものです。
それが先の大戦以後目覚しい経済発展と科学技術の進歩を遂げたわが国では、生活環境の改善が進み医学の進歩とあいまって、今や80歳はおろか90歳までも生きれる時代となりました。昔を生きた人に比べて今日の我々は、長生きできるチャンスがあるというのは確かに幸せなことのように思われます。
しかし、ただし健康であればと言葉を続けなければならないところに、この国が抱える深刻な社会問題を垣間見ることができます。
腕の血管はおろか鼻や口にチューブを繋がれベッドの上に身を横たえるだけの日々は、果たして幸せと言えるのか。誰しもそのような果てに死を迎えるのは御免被りたい。その直前まで元気に暮らし逝くときは苦しまずにぽっくりと逝きたい思うのは、万人の願いといえましょう。
これをふまえて、地方で小さな旅行代理店を経営する知人に聞いた話。
日本各地には、いわゆる"ぽっくり寺"とか"ころり観音"とか呼ばれる寺社仏閣が数多くありますね。大手旅行代理店の大規模な海外旅行ツアーや国内観光ツアーにはどうしても対抗できないので、地方市町村の自治会や老人クラブを小まめに回り、一泊二日程度の日程で"ぽっくり寺"参りのバスツアーの企画を行ったところ、結構人が集まり売上の柱になった一時期があったそうです。あくまで一時期があったと、過去形で言わなければならないのが残念なところではありますが。
「○○ぽっくり寺と△△病治し地蔵」参詣ツアーの内容は概ねこうです。
チャーターしたバスに乗り、一路「○○ぽっくり寺」へ。霊験あらたかなご本尊に参詣後、神経痛・リュウマチに効能があるといわれる◇◇温泉××旅館でゆっくり湯につかり、美味しい山海の珍味を堪能。翌日「病治し△△地蔵」で有名な××寺に立ち寄り、昼食は**高原で薬膳・山菜料理を堪能後帰宅の途へ。
私に言わせれば、「ぽっくり寺」と「病治し地蔵」の組み合わせというのがどうしても理解しずらいところではありますが・・・。(笑!
このような企画が口伝で好評を呼び、好調な売上をキープしている矢先に、思いもよらぬ落とし穴が待ち受けていたというのです。
このツアーに参加したとあるお婆さん、初日のバスの中ではたいそう元気で旅行を堪能しておられたということですが、旅館に着いて間もなく急に体調が悪くなって医者に担がれて行ったものの、あえ無く亡くなってしまうという事故が発生したというのです。
もし「病治し△△地蔵」を先に巡っていたなら、このお婆さんはどうなっただろうかと思いたくもなりますが、とにかくこのお婆さんは霊験あらたかな「ぽっくり寺」の効能を自ら示され、かねてからの願いを成就されたわけです。
しかし、以後何度このような企画を打っても参加者が思うように集まらず、ツアーを組めなくなったというのが、人気があったと過去形で表現しなければならなくなった理由です。
私も貴方も元気で長生きしたい。逝くときは苦しまずにぽっくりと逝きたい。そう思っていますね。
さて、そこで「ぽっくり寺」参詣ツアーに参加していいものやら、悪いやら・・・。(爆笑!
2015年03月26日
潤いのある人生に欠かせぬもの
小学校低学年の教室で、「お父さんの職業」を調べるという授業があったそうです。
「ボクのお父さんは農家で米や野菜を作っています。米や野菜がなければ人間は生きていけないから、お父さんは人のためになる仕事をしていると思います」
「ボクのお父さんは、警察官です。交通課で交通事故が起きないように頑張っています」
「私の家の仕事は八百屋です。近所の人が毎日野菜を買いに来るので、お父さんは一日も休めません。お父さんの仕事は近所の人のためになくてはならない仕事だと思います」
子どもたちはこんな発表をしたということですが、その中に友達の発表を黙って聞くだけの子どもがいたそうです。その子の家は酒屋を営んでいたそうで、家へ帰って父親に泣きながらこう問い正したというのです。
「お父さん、友達の家のお父さんは、みんな人のためになくてはならない仕事をしているのに、お父さんの仕事は別段なくても誰も困らないんじゃないの?」と。
さて、もし貴方がこの子の父親だったら何と答えますか?咄嗟に私も何と答えたらいいのか言葉に詰まりました。
この子の父親の答えはというと、これがすこぶる秀逸で、私は涙が出るほどうれしかった。
「確かにお酒がなくとも人間は生きていくのに困らない。でも酒を一滴も飲まない人生は、はたして潤いのある人生と言えるだろうか?・・・お前にもきっと分かるときが来るよ」と。
十数年の後に、この親子が二人差し向かいで酒を酌み交わしている風景が目に見えるようではありませんか。
2015年03月25日
ジャーナリスト
平等ということについて
平等、なるほどきれいな言葉ですよね。
「天は人の上に人を作らず、人の下に人を作らずと言えり」
福沢諭吉のこの言葉、けだし名言に間違いありません。
しかし、最近この意味が少々違った解釈をされていると、ジャーナリストが警告を発しているのを見聞きしますね。
作家の曽野綾子さんもそうですし、大宅映子さんも同様の主旨の発言をなさっておられるのをテレビで拝見しました。
教育の現場で、運動会などの駆けっこで1等、2等、3等という順位をつけず、みんな良く頑張りましたね、みんな1等賞ですっていうことをやっている小学校が増えてきた。負けた子供がかわいそうだから、足の遅い運動能力の劣る子供を差別することになるし、平等でないからいけないと。
思いやりのある温かい心を持った子になってもらいたいと。
大宅さんは、この考え方を平等の本質をわきまえぬバカ気た考え方だと、一刀両断しておられました。
すなわち、負けた子がかわいそうという発想自体がかわいそう過ぎる。
負けて悔しいと思ったら努力しなさい、勝ってもけっして驕ってはいけません、敗者へのいたわりの心を養いなさいというのが教育だろうと。
何事につけそういう結果を平等にするという発想が、昨今の日本をダメにしてきた。入り口の権利だとかチャンスは万人に対して平等であるべきだが、そこで競争した結果に差が出るのは当たり前のことではないかと。
この努力した結果の差を差別だ、平等でないというのは、良識人には考えられないことだと。
う~む、なるほど!
さすがは大宅壮一の娘さんだけのことはある。
父親譲りのジャーナリストの中のジャーナリストだ。
敬服した次第です。
2015年03月24日
早く歩く人は長生きできるって、ホントですか?
突然ですが、貴方は歩くのが早い方、遅い方?
ウエブのブログ記事から、これはお医者様のブログのようです。
速く歩く人ほど長生き…米医師が65歳以上調査
米ピッツバーグ大学の医師らの研究チームが、65歳以上の男女計3万4485人の歩行速度を記録した過去のデータを解析しところ、歩くのが速い高齢者ほど長生きする傾向があるという結果がえられたと発表したというもの。
ならばと、いつもより速足で歩いてみてふと思ったのですが、・・・これって、速く歩くから長生きできるのではなく、長生きできる人は当然のことながら普段より元気だから、速く歩けるだけのことじゃないか?
「速く歩くには強い心肺機能や筋力が必要で、歩行速度が健康度の目安になったと考えられる」と研究チーム自らコメントしているように、3万人もの人を調査しなくても隣の家の元気な爺さんの歩く姿を見れば分かりそうなものでしょ。(笑!
私が中学生のころですから、ずいぶん昔のことになりますが、亡くなった私の祖父(明治31年生まれだったと思う)が、やはり明治生まれの茶のみ友達と、「明治の人間は、大正や昭和生まれよりみな長生きしておる・・・」と話をしていたのに横槍を入れたことを思い出しました。
「それって、当たり前じゃん。大正や昭和生まれが、明治生まれより長生きなわけないじゃん」とあげ足を取ってしまってから、子供心にも年寄りの会話の腰を折ってしまって申し訳ないことをしたなと気づき、気まずい思いを味わったのでした。
私を大変かわいがってくれたその祖父も、83歳で亡くなったのでしたが、亡くなる直前まで足腰もしっかりしていて、歩くのも結構速かったと記憶しています。
まぁ、長生きできるできないは持って生まれた星の下の定め、年を重ねたとしてもせいぜい速く歩き続けたいものだと思ったことです。
2015年03月23日
「うたの動物記」より、孑孑(けつけつ)たらん
突然ですが、「孑孑」という漢字をご存知だろうか?
子供の「子」の字の最後の画を跳ねて書いたものを二文字続けたことばになります。「ぼうふら」と読むのだそうです。蚊の幼虫のことです。
「ぼうふら」、同じ字を重ねてどうして前後違う読みをするのかと思ったら、もともとは後の方の「孑」の最後の跳ねは、左側が突き出ていないのが「ふら」と読ませる本来の字なのだそうです。私のPCでは変換できませんでした。まるでハングル文字のようです。
辞書をひくと、「けつけつ」と読ませて「孑孑たり」という形容動詞でつぎのような意味が書いてありました。
1 一人ぬきんでたさま。2 孤立するさま。3 小さいさま。こせこせしているさま。
そうすれば、「ぼうふら」は3の意味からきているのだなということがわかりますが、1と2の抜きん出た孤高の存在と言うのは、ある意味魅力的です。
もう5~6年前になるでしょうか、毎週日曜日の日経の最終面文化欄に連載されていた「うたの動物記」に、この「孑孑」が取り上げられていました。
【楽天ブックスならいつでも送料無料】うたの動物記 [ 小池光 ]価格:2,916円(税込、送料込) |
驚きましたね。意外やボウフラは俳句によく読まれているそうで、夏の季語にまでなっているというのです。
書かれていた3句をご紹介したいと思います。いづれも有名な俳人の手になるものです。
孑孑の蚊になる頃や何学士 子規
けふの日も棒ふり虫よ翌(あす)も又 一茶
我思ふままに孑孑うき沈み 虚子
私が感じるところ、時代は違えども日本の生んだ優れた俳人3人が3人とも、「孑孑たり」の1.2の意味を意識しているのではないか?
名は体を表すといいますが、子供の頃にそれほどまでに抜きん出ているのなら、蚊に変わったときはどれほどのものになっているのかと皮肉ったのが子規。
一茶は、2のほうに力点を置いたのではないか?孤高の我とボウフラを重ねて笑ってみせた。
我とは虚子でもありボウフラでもあるのか?浮き沈みするボウフラに自分自身を重ね合わせ、己の存在を問うたのが虚子。
そこで私も一首、恥を忍んで・・・。
我もまた孑孑(けつけつ)たらん
人生の往路歩みて久しける身を
2015年03月22日
春霞
今日の新聞の暦欄によると、"明日"の日の出は5時42分となっています。新聞では1日前の日の出の時刻を知らせることになっているらしい。まあ、1日のことでそう大差はないはずですから、今日の日の出は5時40分ごろということになるのでしょうか。
今朝6時13分に撮った日の出の写真。当地(北陸富山)では、東に3000m級の立山連峰が屏風のようにそびえたっていますので、太陽が顔を出すのは暦欄に書かれている日の出の時刻より30分ほど遅れます。
春霞(かすみ)というのだろうか靄(もや)というのだろうか、それに遮られるように姿を現した日の出。太陽の真下にかすかに北アルプス立山連峰の峰々の稜線が浮き出ているのが分かるでしょうか。
これが晴れた日ならこのように写るのですが・・・。
さくら さくら
弥生の空は 見渡すかぎり
霞か雲か 匂いぞ出ずる
弥生3月の空は、見渡す限り霞か雲のように霞んでいて、桜の花の香りだけがそこはかとなく漂って来ると古の歌人は詠んだのでしたが、旧暦と新暦のずれはいかんともしがたく、窓を開けてみても花の香りは感じとることはできません。
2015年03月21日
黄金ヒラメ
黄金バットなら聞いたことがありますが、黄金ヒラメとは初耳です。
ウエブトピックスより
ギョギョギョ!「黄金ヒラメ」 新江ノ島水族館で展示
ヒラメはなぜ片方に目を寄せてまで平たい体をしているかといえば、海底の砂の中に身を潜めて知らずに近づいてくる小魚を捕らえて餌とするためだろうと、俄か海洋生物研究家( ← 私のことです)は考えるのですが。
そうであれば、本来黒っぽい色であるべき体表が白かろうが黄金色であろうがそんなに大差はないだろうと。
同時に配信されている写真を見ると、水槽の底に砂が敷かれていないので体がむき出しになって、黄金色の体表がくっきりすっきり見えていますね。心なしか居心地が悪そうに見えます。
自然界にはまれに突然変異で色素を失って白い体表をした動物がいることが報告されていますね。白ヘビとか、白いイノシシとか。この黄金ヒラメも同じ原因で生まれつき体表の色を失ってしまったようですが、それだけでは説明しきれない疑問がひとつあります。
以前に新聞でヒラメの視神経と体表の変化について書かれた記事を読んだことがあります。それによればヒラメは目に見える色を捉えて、自分の体表を周囲の色に近い色に変化させるということでした。しかも右目で捉えた色は左半身に、左目で捕らえた色は右半身に反映させているのだとか。
ところがこの黄金ヒラメときたら、まったくその気などない様子。いったい片寄った目で何を見ているのだろうと思ってしまいます。もしかしたら視神経にも突然変異が起こっていて、捉えた色を反映できていないのかも知れない。
そもそもこれだけ目が片寄ってしまえば、自分の体の色が背は黒く腹は白くあるべきだと知っていたとしても、ヒラメには確認のしようがありませんから、自分では普通のヒラメだと思っているのではないでしょうか。
魚好きな日本人はタイやヒラメにはことのほか目がありませんから、網に掛かったなら即食べられてしまう運命であったものが、こうやって水槽の中に入れられて命を永らえることが出来たのですから、黄金ヒラメ君はその特異な体表のゆえに幸せだと言えるかも知れません。
2015年03月20日
お上りさんはお上りさん・・・。
昨日所要で東京へ行ってまいりました。・・・日帰りで。(涙!
3月14日に北陸新幹線が開業し、東京ー金沢間を2時間半で、富山ー東京間を2時間で結ばれることになったのは、あれだけニュースで取り上げられましたから、皆さんご存知のことでしょう。
私は富山県西部の高岡市(富山市と金沢市の中間)在住ですので、新高岡駅を利用することになるのですが、残念ながら北陸新幹線の最速特急"かがやき"は停車しません。
どうしても"かがやき"を利用したいというのであれば、富山ー金沢間に運行されている”つるぎ”か旧高岡駅から在来線ローカル列車で富山まで行き、"かがやき"に乗り継ぐということになります。
乗り継ぎが面倒というのであれば、新高岡駅から"はくたか"で東京へということになるのですが、そうすると3時間半かかる。・・・なんだ、今までの旧北陸線でほくほく線越後湯沢経由上越新幹線"とき"を利用していたときと大変わりしないじゃないか。・・・というので飛行機で行くことにしました。自宅から富山空港まで車で40分(富山空港には無料駐車場があるのです)、富山から羽田まで1時間、羽田から京急に乗り品川経由で東京駅まで50分のしめて2時間半。新幹線に客を取られてなるものかというので、航空チケットが大幅に割引されていますから、料金でも飛行機の勝ち。
機材こそ客席が少ない小型機に変更されましたが、往復6便を堅持してくれているANAに感謝。おかげで富山を始発から2便目で、帰りは最終便の一つ前で、ゆっくり余裕を持って東京で用事を済ませ帰って来ることができました。
・・・で時間に余裕があれば、やっぱりお上りさんですから、こんな写真を得意気に撮ったりしてしまいます。
新装なった東京駅丸の内口のドーム。
私と同類(お上りさん)の大勢の方が、私と同じこと(写真撮影)をしておられました。
お上りさんは、どうしても地理に不案内ですので早めに羽田へ行ってしまう。羽田午後6時15分発だというのに5時前に出発ロビーに来て安堵のため息を吐いている。(苦笑!
・・・で何もすることがないので、少し早いが夕飯でも食おうとなった。
東京で何か食うとなれば、そばか天ぷらだろうと出発ロビー4階と5階の飲食街を徘徊して入ったそば屋さんで、そばと天ぷら両方を食べることができたのは、お上りさんとしては上々の出来と言えましょう。
細切りのコシのあるしっかりしたそばと、穴子の天ぷらのミニ丼のセット。終わりころを見計らって熱々のそば湯を持って来てくれての税込み1480円は、場所柄を考えればリーズナブル。
無事飛行機に乗り込みすっかり緊張の解けたお上りさんは、座席に深く身を沈めたのは言うまでもありません。飛行機が富山空港に着陸したショックで眼を覚ますまで、いつの間にか寝込んでしまったようです。
2015年03月19日
丁度いい硬さが丁度いい
日本は瑞穂の国、お米を主食としてきました。
毎日食べても飽きないのがご飯とも言いますね。なるほどよくよく考えてみれば、パンばかり毎日食えと言われると、少し困るような気がします。(うどんやそばにしても、三度々々食べろと言われたら、いかに麺好きの私でも、飽きが来るかもしれません。一日一食だからうまいのかもしれませんね。)
毎日無意識に食べているごはんの炊き方、柔らかめが好きか、硬めがすきか、そんなの好き好きだろうと思っていたら、こんなトピックスが目にとまりました。
ご飯の硬さは“西柔東硬”だった!?
・・・ほぉ~、そんなもんですかね?
あなたのお宅ではどちらですか?その前に西にお住みですか?それとも東?
私の好みはというと、へそ曲がりと言われそうですが、丁度の硬さが丁度いいです。(笑!
硬くもなく柔らかくもなく・・・・、ちなみに、どこに住んでいるかというと、東でもなく西でもなく、中部地方、北陸は富山でした。(笑!
2015年03月18日
「歴史好き」とは
あなたの趣味はと問われれば、差し障りないところで読書と答えています。なかにはさらにどんなジャンルのものを読んでいますかとたたみ掛けて来る人がいて、まったく困ったものです。(笑!
そんなときには、歴史もの、時代小説などと相手の顔色を窺いながら答えることになるのですが・・・。
最近縁があって歴史学者であり作家の加来耕三(かくこうぞう)氏の講演を聴く機会がありました。日頃どちらかといえば歴史好きであると自認する私でありますが、歴史の魅力がどこにあるのか、自分でもよく分かっていなかった。
それをはっきりとさせてくれたのが、加来さんの「歴史に学ぶ」という講演。
余談になりますが、「加来(かく)」という姓名はそうそうあるお名前ではありませんよね。私は歴史もののなかでも信長、秀吉、家康に代表される戦国時代後期から江戸時代初期のものを多く読みますが、大正末期から昭和初期の時代、いわゆる先の大戦を扱ったもの、特に旧海軍関係のものにも食指を伸ばします。
大戦の趨勢を決したといわれるミッドウエー海戦に出撃した日本の第2航空艦隊の旗艦飛龍の艦長が加来止男という方であったはずです。第2航空艦隊司令長官山口多門少将と加来止男艦長のコンビといえば、歴史好きには忘れることのできない名前ですね。もしかしたら加来耕三さんは加来止男さんのお血筋ではなかろうかと秘かに想像しています。
さてその加来さんいわく、歴史好きに歴史上好きな人物をあげよと問えば、日本人なら先ずダントツに織田信長。次に女性に特に人気のある坂本竜馬、第三にはなぜか中国に飛んで時代もずっと遡り諸葛孔明と続くのだとか。
この三人に共通するのが、人生のある時期において突如大人物へと変身したタイプのいわゆる英雄であると。そういう人物に我々は弱いということらしいのです。
どうですか、皆さん。この説に信長ほどぴったりの人物はいませんよね。
・・・私の歴史好きがどの辺からきているのかが、よく分かりました。
さらに加来さんの説は続きます。さすが歴史学者と感心しました。
こうした英雄像は同時代の一面的な資料や後世の講談・小説などによって作り上げられたもので、歴史学的な実像とは隔たりがある。ある時一挙に英雄へと飛躍するというようなことは歴史学的にはありえないこと。この三人が三人とも英雄になるのに必要なプロセスを踏んで初めて後に英雄呼ばれるにいたった。NHKの大河ドラマを観てロマンや夢を感じたり、歴史が分かったと思い込んでいるようではダメだと。
・・・う~む、小説を読んだり、歴史ドラマを観たりして、ロマンや夢を感じたりって、私そのものじゃないか。。。
もう少し、しっかりと歴史を勉強したいと思った次第です。
歴史学者加来耕三さんに、あっぱれ!拍手喝采を送りたいと思います。
2015年03月17日
純朴に生きることのススメ
当事者だけが知らないで平気でいるさまを「知らぬは亭主ばかりなり」と言いますが、これは長屋の住人みんなが知っているのに、妻の浮気を知らないでいるおめでたい亭主にひっかけた言葉ですね。
いつの世もしたたかなのは女、純朴でこっけいですらあるのは男と相場が決まっているのは、何も人間の世界ばかりではないようです。
ウエブトピックスより
ヤリイカの大小のオスは、二タイプの精子で繁殖しているという記事。
なんでもヤリイカには、メスに比べて体が大きいオスと小さいオスがいるんだそうです。で大小がメスを巡って争うと、どんな動物の世界でも大概そうなんでしょうが、大抵は大きいオスが勝って子孫を残せるということなんですが、負けた小さいオスは、メスの腕の付け根にある精子貯蔵器官に向かって精子を放つんだそうです。(・・・むなしくもけな気な、負けた方のヤリイカの気持ちよく分かります・・・笑!)
ところが、その精子は大きい方が小さくて、小さい方が大きいというのですから、何だかこんがらかってきますね。
学者センセイの到達した結論は、「メスの輸卵管で卵子に向かって泳ぎ出す大きいオスの精子と違い、小さいオスの精子は、流れの強い海水の中を泳がなければならないことから大型化した可能性がある」というのですから、自然界の摂理には本当に驚かされます。
さらに、「ほとんどのメスは小さいオスからも精子を受け取り、受精させている」というのですから、けな気な小さい方のオスイカに感動した以上に、いただくものはしっかりいただいているしたたかなメスイカに、驚き恐れ入るよりありません。
大きい方のオスも小さい方のオスも何も知らなくて、知っているのはメスばかりというヤリイカの世界。
・・・人間のオスに生まれてよかった。。。
こっけいでも純朴に生きていきたいと思ったことでした。(爆笑!
2015年03月16日
添い遂げるということ
弥生3月も半ばを過ぎれば、いかに北陸の雪国といえども日差しは和らいできます。この世に生きとし生けるものすべてに生命の息吹溢れる季節が目前に迫っています。
国の天然記念物である佐渡島のトキも例外ではありません。新潟県佐渡市で野生下のトキのペア1組(6歳雄、4歳雌)が今季初めて営巣を始めたと報じられています。
記事によればこのペアは昨年も同じ木で営巣しヒナを1羽育てたとか、してみれば子育ての経験のあるペアということになりますから、今年は1羽と言わず2羽3羽育て上げて欲しいものですね。
さてここで俄か鳥類研究家( ← 私のことです)は、ひとつ疑問に思ったことがあります。
トキは一度相手を選ぶと、一生その相手と添い遂げるのでだろうか?
一生添い遂げるなどと近松の浄瑠璃のような言葉を使いましたが、下世話に分かりやすく言えば、トキは浮気をしないのかと思ったのです。(笑!
おりしも人間の社会に目を転じれば、ホワイトデーにお返しをくれなかったといって、夫の首を絞めて怪我をさせた女が殺人未遂の容疑で逮捕されたという事件が報じられていますから、トキにもそんなことがないのだろうかと要らぬ気を回したわけです。
トキの世界にバレンタインデーやホワイトデーはないにしても、抱卵する雌に雄が餌のドジョウを運んだはいいが、頭の方は自分が食べて、雌には尻尾の方だけしか与えなかったりしたら、さすがに雌は切れて雄を突くかもしれないと。(笑!
そこで今日の教訓。
義理チョコといえどもちゃんとお返しは忘れずに。
いや、そんなことを言おうとしたのではなかった。春を迎えて佐渡島のトキには、しっかり子作りに励んでもらいたい。トキのペアには一生添い遂げてもらいたい。私もかみさんと一生添い遂げたい と言おうとしたのでした。
2015年03月15日
時代小説が好きPART96 「血の日本史」
今読んでいる本、安部 龍太郎 著「血の日本史」。
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思えばわが国においても、近代までは権力を握らんとする者とそれに対峙する者とが、血で血を洗う対立を繰り返して来た歴史と言えましょう。卑弥呼の時代よりこの方、昭和の動乱期まで、反乱、暗殺、裏切り、虐殺、謀略が繰り返されてきたことを改めて教えてくれるのが本著といえます。
「大和朝廷に異議あり」から「俺たちの維新」まで、大和時代から明治維新までに及ぶ千三百年にわたるわが国の「血の歴史」が、独立した46の短編によって描かれている。
今私はようやく「鬼界ガ島」を読み終えたところ。西暦で言えば1180年前後、「平家にあらずんば人にあらず」とまで言わしめた平清盛がまさに権力を掌握しようとしていたころ。
話はあまりにも有名な「鬼界ガ島」に流された僧俊寛を題材にしている。同じ陰謀に関わり鬼界ガ島に流された藤原成経と平康頼が翌年赦免され京に戻ることを許されたのに、何ゆえ俊寛のみが島に残されたのか。
その謎を筆者は平家打倒の陰謀を主導した後白河法皇に仕えた一人の女御を登場させることによって、解き明かそうとしている。後白河院による平家打倒の陰謀(鹿ケ谷の陰謀)の裏には、ひときわ院の寵愛の深かった女御佳子(けいし)が関わっていたと。
さあ私は、これから鎌倉、室町、戦国、江戸、明治と「血の日本史」を遡ろうと思っています。
2015年03月14日
温泉やどの朝と北陸新幹線特急かがやき号
昨日はお得意先の会合に参加し、能登和倉温泉加賀屋で一泊。今朝はゆっくりとした朝を過ごすことができました。
朝起きてテレビのスイッチをつけたら、どこの放送局も北陸新幹線の特番を放映していました。ああ、そうだった。今日は新幹線開業の日だったのだ・・・。
驚いたのはテレビが金沢始発6時の"かがやき"500号の出発の様子を写しただけでなく、その列車が東京に到着するまで番組が組まれていたこと。朝風呂につかり部屋へ戻ってきたら、一番列車がもう直ぐ長野に着くというので長野駅からの中継に切り替わったところだったし、朝食を済ませて返ってきたときは、今"かがやき"500号は、本庄早稲田を通過しているころですと言っていた。
文字どおり輝く未来を連想させる名前を冠したこの特急は、番組の尺に収まるくらいの時間で金沢ー東京間を走りぬいてしまうのだということを、その開業の初日の朝にゆっくりと時間が経過する温泉宿の部屋にいながら実感するという不思議な体験をしたのでした。
私はしばらくその番組に付きあうことにして、番組のMCが、"かがやき"500号は間もなく東京駅に到着するころですと言うのを待って、宿の部屋を後にし帰宅の途に着くことにしたのでした。
2015年03月13日
"イスラム国"移住とさえ言い出しかねぬ人
いったい何をお考えになっておられるのか分からない人が、またまたマスコミを騒がせているようです。一方的にロシアに編入されたクリミアを訪問した鳩山由紀夫元首相。何ゆえ今になって突然のクリミア訪問なのか?
ロシアによるクリミア編入が正しいと考えているのかと記者団に問われ、「それをこれから見に行きたい」とお答えになったそうですから、一応目的は持っていらっしゃたのかなとは思います。「日本には正確な事実が伝わっていない。住民がどういう気持ちでいるかこの目で見たい」とおっしゃったそうです。
それでどうだったのかといえば、クリミア住民投票は「民主的だった」ということです。
ロシア経由で10日にクリミアに入り、翌11日クリミアの中心都市シンフェロポリで記者会見をなさって、昨年3月16日に実施された編入の是非を問う住民投票について、「ウクライナ憲法の規定に従い、平和的かつ民主的プロセスにのっとって行われ、クリミア住民の意思を反映していた」と述べられたとか。
どうもクリミア編入を問う住民投票がどのようなプロセスで行われたかを、自ら現地に乗り込み検証したかったということらしいです。
・・・しかし、どうして1年も経ってからの検証なのでしょうか?早ければ早いほど正確な情報が得られるのではないかと思いますがね。そのくせ結論を見極めるまでがすこぶる早いではありませんか。現地入りしたのが10日で翌11日には「民主的だった」と決め付けている。いったいどんな階層のどんな住民と何人会われてどんな意見を交わされたのか、残念ながら記者会見では語られていません。
一方我が国では、菅官房長官に「コメントする気にならない」と言わしめ、かってご自身が束ねた民主党の現幹事長にさえ「今は民主にも属していない」と愛想をつかれる始末。
そんなことはどこ吹く風のこの方は、やはり宇宙流ですな。だって実弟さえ「話にならない。いよいよ宇宙人になった。少なくとも日本人ではなくなった」っておっしゃっているのですから。「兄は、・・・成仏していない」とまで弟に言わしめるものですかね。
どうでしょう、クリミア騒動がひと段落したら、この方は今度はシリアかイラクの"イスラム国"支配地域へ行って、現地の情勢を調査したいとおっしゃるのではないか?「百聞は一見にしかず」などとおっしゃって。
いやいや「君子危うきに近寄らず」とも言いますよとご忠告したいところですが、宇宙人に君子がいるのかどうか分かりませんから、聞き入れていただけるかどうか定かではありません。
この方は身代金には事欠きませんから、クリミア移住などとおっしゃらずに、いっそ"イスラム国"に移住していただいてもいいのではないかとさえ思ってしまいそうです。"イスラム国"に「鴨がネギを背負って来る」という諺があるのかどうか知りませんが。いや「鴨」でなく「鳩」でした・・・。(爆笑!
2015年03月12日
「炒(チャア)」
昨日の昼食は外食で。国道沿いの中華レストランで食べた野菜炒め定食。
中華料理の特徴は、言わずと知れた高温の火力で手早くさっと炒める「炒(チャア)」にあります。火の通りにくい食材は、予め油通しをして火の通りを良くするという下準備をしますね。これによって食材の形を崩さずに芯までよく火を通すことができます。
野菜炒めこそ「炒(チャア)」という調理法がぴったりの料理だと思いませんか。
日本料理には湯通しという調理法こそありますが、油通しということはあまり聞きません。それは煮る、炊くという調理法が主で炒めるという調理法には馴染みがなかったからかもしれません。同じ野菜を使ったとしても、日本料理なら土鍋でしんなりと煮て、味噌で味付けして食べるということになるのでしょう。
仏教しかり、漢字しかり、律令制度しかり。歴史をひも解くまでもなく、古来より日本人は大陸の文化を積極的に取り入れて来たはずなのに、どうして「炒(チャア)」という料理法は取り入れようとしなかったのだろう。
中国料理が今日のように広く普及したのは、戦後になってからのこと。わずか70年足らずですから、そうすれば日本人は2000年の長きにわたって、中国料理の代表とも言える「野菜炒め」を食べそこねてきたと言えるかも知れません。
・・・そんな取り止めのないことを頭に思い浮かべながら、食べた野菜炒め定食。
卵スープに肉団子の甘酢あんかけの小鉢、デザートに自家製の杏仁豆腐、それに中華4千年の歴史までついて、税込み850円はお徳と言わずして何と言いましょう。