★今街で噂の★酒そばとはこんなそば 酒そばってこんなそば

通常そばを練るときには、水を使用するのですが、その水のかわりに「お酒」を使って練ったのが、 当店自慢の酒そばです!

お酒は富山で人気の地酒を使っています!
お酒の風味と香りが、 そば本来の風味と香りにからみあい、今までにないおいしいおそばができあがりました!

そば通、お酒通と呼ばれる方の中には、そばを食べ終わった後に
「残ったそばつゆに酒を少し足して飲む」のが最大の楽しみといいますよね。
まさしくお酒好きの方には、もう「たまりませ~ん!」っておいしさです♪

でも、お酒の苦手な方でもご安心くださいね! アルコール成分はそばを茹でた時にほとんど飛んじゃいますから、 お子様でも安心して食べられますよ!
(※但し、アルコールに弱い体質の方や小さなお子様はご注意ください。)


酒そばをゆでた後の蕎麦湯はえもいわれぬおいしさそばを茹でたあとのそば湯は ほのかなお酒の香りと旨味がでており、 それはそれはえもいわれぬおいしさ!
そばのお味から、香り、はたまたそば湯まで、 全てがたまらなぁ~いのが酒そばです♪

いつもの「そば」とは違う、ちょっとリッチなひと時を「酒そば」でお楽しみください♪


★これは珍しい!ひそかな噂を呼んでいる★こだわり酒そばこだわり酒そば

当店売れ筋NO1がこの「こだわり酒そば」です!


「こだわり酒そば」は、その名のとおり、
原材料にこだわり、厳選した、国産の原材料を使用しています!

そば畑■こだわり・その1:そば粉■
そば粉は、日本有数のそば処信州・安曇野(あずみの)産のそば粉を、 石臼にて、丁寧に、丁寧に、粗挽きしたものを使用しています。

北アルプス山麓長野県安曇野市一帯の地域は、 名水百選「安曇野わさび田湧水群」で知られる日本有数の名水の土地です。

清らかでミネラルが豊富な水によって、味も香りも素晴らしいそばが育まれます。


豊かな大地が育む小麦畑■こだわり・その2:製法
このそばの味と香りを最大限引き出すため、 製法にもこだわっています♪

そばの実を製粉する際、これまでの方法ですと、 機械製粉のためかなりの熱が発生し、 そば本来の香りが失われてしまいます。
昔ながらの石臼を使ってゆっくりと、丁寧に、丁寧に、挽くことによって、 そばの実の甘皮と呼ばれる部分をも一緒に挽きくるんだ、 そば本来の香り一杯の粗引きの「そば粉」にしています。

■こだわり・その3:小麦粉
小麦粉は北海道の大地が、育んだ小麦粉を使用しています!
北海道産小麦の特徴は、風味がよく、 その豊で広大な大陸同様、豊かな味わいを大切にし、そばの風味を最大限に生かす粉です。


富山県高岡市雨晴海岸より望む立山連峰■こだわり・その4:お酒
地元富山で人気の地酒を使用しています。

富山県は、三方を北アルプス立山連峰などの、山岳地帯に囲まれており、 中央には実り豊かな平野が広がっています。

富山湾、日本海へと開けている天然の巨大ダムともいえる山々からは、 一年を通じて豊かで、清らかな水が生まれるんです!
豊かな大地と清らかな水に育まれた米どころ富山は、日本でも有数の酒どころでもあります。

酒そば本舗の酒そばは、富山で人気の地酒を使用しています。

2022年02月04日

恵方巻と豆まき


今日は立春。春が立つと書いて立春。

僅か一日だけのことですが、華やいだ気持ちに心が包まれるのは、雪国に住む者の体に受け継いだ遺伝子のなせる業であろうか。

立春を迎えた当地北陸富山の今朝は、あいにく空全体が厚い雪雲におおわれて、雪が舞っております。天気予報によれば、今日夕方頃には大陸より日本列島上空に寒気団が南下して、週末には大雪の恐れがあるということです。・・・ほどほどにしてもらいたいものですな。

昨日は節分ということで、豆まきをなさったご家庭もあったことと思います。豆で鬼を追い払うように、雪雲も追い払えたたらと思いますね。(苦笑!

その豆まきですが、私らが子どものころには、節分を迎えた日の夕方時になるとどの家庭からも、「鬼は外、福は内」の声が聞こえたものでしたが、昨今ではもっぱら海苔巻きを黙々と食べるという家庭が増えたようで、にぎやかな声を聞くことが少なくなったようです。

ウエブトピックスより、
節分で「恵方巻」を食べる方は50.3%、一方で「豆まき」をする方は33.1%

昨晩はわが家でも夕食に、マグロと卵の細巻きを食べました。海苔巻きは食べやすいように一口サイズに切ってありましたし、恵方の方角と言われても、夕食のテーブルの席は決まっています。いつも通りの場所でいつも通りの方角を向いて、一口サイズの巻き寿司を食べたということになりますから、果たして「恵方巻」と言えるのかどうか疑問ですが・・・。(笑!


近頃は鬼も巻きずし食べたがり


巻きずしを食べた方も食べなかった方も、一年ご健康で暮らせますように。






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2021年12月28日

川柳に嵌まり込むお歳ころ


川柳(せんりゅう)とは、5・7・5の17文字で人情の機微や、人や社会を風刺するわが国独特の文化といえましょう。

その川柳に私が嵌まり込んだのは、商売柄そばの歴史について調べているうちに、そばが今のように細く切って食べられるようになったのは、江戸時代の初めごろと知ってからです。

江戸の庶民はそばをどのように食べていたのかなどに興味を抱いていくうちに、江戸の街や庶民の暮らしぶりも自然と知ることになります。その中で出合った一冊の本が、私を川柳の魅力に誘うことになったのです。

その一冊とは、「江戸川柳で現代を読む」(小林弘忠 著 NHK出版)





自由奔放で赤裸々な当時の江戸市民の人情に厚く、粋で洒落た優れた感性のとりこになりました。

残念ながら私は、江戸の街並みを江戸の市民の暮らしぶりをこの目で見ることは叶いませんので、江戸川柳を通じて見るということになりますね。さらに生きているのは紛れもない現代ですから、現代川柳というものも勉強してみたいと思うようになったのです。

そこで手にしたのが、「60歳からの新しい川柳」(時実 新子 監修 杉山昌善 著 実業之日本社)。「60歳からの・・・」の60歳には、少々抵抗を感じないわけではないのですが・・・(笑!




この現代川柳については、少々私の思うところとズレがあるように思えます。即ち江戸川柳とは違った領域で、おもに自分自身を見つめるのが現代流。社会・他人を見るのが江戸流ということになるのかな?

これについては、機会をみてお話したいと思いますが、何よりも驚いたことは、「川柳」って人の名前だったということ。

柄井 川柳(からい せんりゅう)という江戸時代の俳人を皆さんはご存知でしたか?


そして、どうも川柳にはそれに引かれる年代というものがあるらしいということ、それが人生の酸いも甘いも分かり始める50歳代後半だということ。ある意味であきらめの境地も混ざり始める60代前半はその最たる年代だということも。(苦笑!

なるほど私も気づけばそんな年頃の真っただ中でというわけですな。(苦笑!

・・・そこで一句。

川柳に嵌まり込むお歳ころ




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2021年05月31日

季節の花一葉 まなこつぶれば なつかしい・・・。


季節の花一葉。

朝出勤してみると誰が持ってきてくれたのだろう。休憩室のテーブルの上に活けてありました。これはミズバショウ?



日本人なら「ミズバショウ」は、唱歌・「夏の思い出」とセットで記憶している植物。


夏が来~れば 思い出す はるかな尾瀬 遠い空 ♪

霧の中に 浮びくる やさしい影 野の小路 ♪

みず芭蕉の花が 咲いている ♪

・・・・・


あれは中学1年のときではなかったか。学級対抗の合唱コンクールの課題曲で練習させられました。

ミズバショウの白い大きな花に見える部分は、花弁ではなく花苞(かほう)。植物学的に花にあたるのは、中央に芯のように伸びた部分。よく見ると小さな花が集まって一本の柱を形成しているのがわかる。


実はこのミズバショウの花のつくりについても、その時学級担任の先生から教わったのでした。今思えば、国語の先生だったのに理科と音楽にも情熱を傾けてくれたのだなと。(笑!

私たちの学級は1学年9クラスありましたが、見事コンクールで1位を取ったのでした。


・・・・・

まなこつぶれば なつかしい はるかな尾瀬 遠い空♪






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2021年03月25日

「花柳界」の語源


この季節、日本で「花」といえば桜と相場が決まっております。
桜前線が日本列島を足早に北上中と聞くだけで、何故かソワソワし出すのが日本人というものでしょう。

当地北陸富山の今朝は、どんよりとした曇り空。春とはいえまだ肌寒い日が続いています。



梅は咲いたか 桜はまだかいな
柳ャなよなよ風次第
山吹や浮気で 色ばっかり
しょんがいな


なかなかその気になってくれない花柳界の粋なお姉さんを花にたとえて、気を揉む旦那衆の気持ちを巧みに歌ったのがこの端唄。誰でも一度ならず耳にしたことがおりでしょう。

当地北陸富山の桜は、まさしく「まだかいな」という状況。開花が待たれます。

かくのごとく日本では春の到来を桜の開花と結び付けて認識しようとしますが、中国ではどうかというと、中国東北部では柳の綿毛「柳絮(りゅうじょ)」で知るのだそうです。4月下旬から5月初めにかけて、この「柳絮」が風に乗ってふわふわとただよい出すと、かの地の人々は春の到来を感じるのだと。


ちなみに「花柳界」ということばは、その昔中国の色街では、街並みに種々の花で飾られた柳が植えられてあったからだとか。「柳巷花街(りゅうこうかがい)」と呼んだことが語源だということです。

冒頭にあげた端唄に「柳」が出て来るのも偶然ではなくて、深い理由があったというわけですね。







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2021年03月24日

 「L」と「R」


日本人は学校で10年間も英語を習って来ても、ろくに会話もできないという話をよく耳にします。

正直に告白します。・・・私もその口です。(笑!


ところで皆さんは、教育現場では新しい学習指導要領の改訂にともなって、2020年度より小学校5年生から英語の授業が実施されているということご存じでしたか?

ウエブトピックスより、
小学校の英語で初の教科書検定 「話す」「聞く」重視の早期教育が本格化


ほぉ~、これからの子どもたちは小学校5年生から英語を習うことになるのですか。そうすると10年間ではなく12年間習っても、ろくに会話もできないと言われることになりますな。(笑!

・・・そうではなかった。そうならないためにも小学5年生から、聞くこと、話すことを中心に英語を習おうということなんでしょうね。


英語には日本語にない発音をする語があるため、日本人には聞き取ることも発音することも難しいということが理由として上げられていますね。

皆さんは「L」と「R」の発音を正確に聴き取れますか?正確に発音できますか?

これからの子どもたちは、そこのところを重点的に小学校から習おうということですから、しっかり学んで英会話に慣れて欲しいものです。しかし、私に代表されるごとく、すでに「10年習っても・・・」組は、どうしたらいい?



ウエブトピックスより、
LとR、装置で聞き分け改善 日本の研究チームが開発

このほど情報通信研究機構や大阪大などの研究チームが、「L」と「R」を聞き分ける能力を装置を使って向上させる手法を開発したという話題。

この装置を使って1日1時間のリスニングの訓練を5日間続けたところ、平均で6割だった正答率が、5日後には9割近くまで上がったということです。

なになに、本人は音を聞き分ける学習をしているつもりがなくても、無意識のうちにリスニング力が高まったと。

・・・私も訓練受けてみようかな。(笑!


しかし、よくよく考えてみれば、私は1日1時間も英語のヒアリングの勉強などしたためしがありませんでした。

うん?・・・なんだ、そういうことか!

毎日1時間勉強を続ければ、そりゃあ誰だって能力が向上するでしょう。


たしかこれを英語では、「Practice makes perfect.」と言いますよね。

学問に王道なし。「習うより慣れろ」というのは、西洋でも日本でも同じということでしょう。


そこで一句、
過ぎ去りし十年偲ばる 「L」と「R」


・・・お粗末でしたっ!(Poor enough!)


いや、10年どころかもはや50年前のことになりますね。

「This is a pen.」、もはや伝説的な英文となりました。







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2021年02月06日

コロナ禍も舌禍の前に息ひそめ


1年開催が延期された2020東京オリンピック・パラリンピックですが、新型コロナ感染拡大の勢いは鎮まるところを知らず、新たに変異種の出現も取りざたされるに至って、その脅威は延期を決断した時以上のものがあるように見受けられます。

しかし、国際オリンピック委員会(IOC)も、日本国政府も東京都も固く口をつぐみ、「中止」「再延期(可能性は危ぶまれているようですが)」の声は聞こえてまいりません。もっぱら東京五輪・パラリンピック競技大会組織委員会の森喜朗会長辞任すべしの声だけが、かまびすしく聞こえて来る昨今であります。

思えば、森会長は首相をなさっていたころからすでに舌禍が絶えなかった方。「日本は天皇を中心とする神の国」とおっしゃたり、「こどもを生まない女性を税金で面倒見るのはいかがなものか」とおっしゃたり・・・。政治に素人の私から見ても、これらはいかにリップサービスが過ぎたものとはいえ、かなり危ういご発言というものでしょう。

「あの子、大事な時に必ず転ぶんですよね」発言にいたっては、世界中の浅田真央ちゃんファンを怒らせた。また最近では、組織委員会が唱える「安心、安全な大会」について質問され、「そんな判断の基準があるかというと、ない」とはっきりおっしゃてしまわれた。

森会長はもともと弁舌の立つ方でしたね。確かこの国の首相を数多く輩出した早稲田大学の雄弁会のご出身ではなかったか?

講演でも聴衆を飽きさせないように、軽妙なジョークを織り交ぜてわかりやすくお話をすることを忘れない方でした。政局が大きく動くようなかなりきわどい時局でも、ストレートなもの言いを平気でなさる方で、意外にも番記者の間では結構人気があった首相の一人だという話も聞いています。

今はお年も召されましたし、大病を抱えていらっしゃるとかでかなりおやつれのようですが、現役の首相のときは学生のころにラグビーで鍛えられた巨漢そのままで、押し出しも良かった。

「総理、体重は何キロになられました?」と記者に質問されたとき、「キミ、そりや~国家機密だよ」などと軽妙に応答されているのをテレビで見たことがありましたが、今回はこの時のようにさわやかな風が吹いてこないのが残念です。


コロナ禍も舌禍の前に息ひそめ





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2020年11月17日

コーヒー・ルンバ♪


普段何気に飲むコーヒーですが、貴方は一日何杯飲みますか?

私らが子どものころは、コーヒーといえば、タバコや酒と同じように大人が飲む嗜好品で、褐色のただただ苦いだけの飲み物は、飲みすぎると胃をこわすだけでなく、カフェインによる中毒症状を引き起す不健康な飲み物というように思われていたものでした。

喫茶店などに出入りする者などは、不良青年というような目で見られたものでしたが、昨今はコンビニの店頭で入れてくれる挽き立てのコーヒーが大ヒット商品になるほど、誰でも手軽に口にできる飲み物になりました。もはやそこには不健康といったイメージは微塵も感じさせません。


そもそもコーヒーが飲まれるようになったのは13世紀に遡ることが出来るそうですが、元々は塞いだ気持ちをやわらげる効果を期待する薬として飲まれたのがコーヒーの起源だそうです。歌にもありますね。


昔アラブの偉い お坊さんが♪
恋を忘れた あわれな男に♪

しびれるような 香りいっぱいの♪
琥珀色した飲みものを教えてあげました♪

やがて心うきうき とっても不思議このムード♪
たちまち男は 若い娘に恋をした♪


・・・ナルホド、そうしてみればアラブの偉い坊さんは、確かに偉かったのだなと。(笑!

かく言う私も、今入れたてのコーヒーを飲みながら、この文章を打っています。私も多い日で1日3~4杯、1杯も飲まないという日はまずないようです。


ただ何倍飲んだところで、「心うきうき」して「たちまち 若い娘に恋をした」という経験が皆目ないのは残念なことではあります。

「とっても不思議なムード」ってどんなムードだろう?一度くらいそんなムードに浸ってみたいものだと。( ← イエローカード!・・・爆笑!







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2020年09月16日

サルビアの花


私は草花の知識には全く暗く、公園などで草木が可憐な花をつつけて見てもいるのを、それがなんという名前の花なのか答えることができません。したがっていつも「名もなき花」とご紹介しています。(笑!

夏の終りから秋にかけて咲く代表的な草花にサルビアがありますね。秋の花壇造りには、真紅のサルビアの花は欠かすことは出来ません。さすがの私でもこのサルビアの名は、承知しております。

サルビアについては、こんな甘くて苦い思い出があるからです。

サルビアはその花弁を指で摘んで引っ張ると、筒状にスポット抜けることをご存知でしょうか?その花弁の根元には蜜が溜まっていて、チュッと吸うとほのかに甘い蜜の味が口中に広がります。

私がサルビアの文字通りの"秘蜜(秘密)"を知ったのは、小学校2年生のとき。クラスの悪ガキ仲間のひとりが校庭の花壇に植えられていたサルビアの花弁を引き抜いて、「吸うと甘いぞ」と教えてくれたのでした。

その悪ガキ(私も相当の悪ガキでしたが)と二人で、一本また一本、チュッ、チュッと蜜を吸っていたら、止めることが出来なくなった。休み時間が終わって教室に戻るころには、校庭はむしり取られたサルビアの花弁で真っ赤に染まってしまったのでした。

あとから先生にこっぴどく叱られたのは言うまでもありません。(笑!


いつもいつも思ってた サルビアの花を~♪
あなたの部屋の中に 投げ入れたくて~♪
そして君のベッドにサルビアの赤い花敷きつめ~て♪


その悪ガキが中学に進級して、2年生のころだったでしょうか。こんな歌い出しの曲がヒットして街に流れた。

まったくの晩生(おくて)でありましたから、そのあとの歌詞を聞いても何のことだかさっぱりわかりませんでしたね。

そんなものベッドの上に敷きつめてどうするのだ。俺なんか校庭に敷きつめて、こっぴどく叱られたことがある、などと。(笑!

ただ、「泣きながら君のあとを花吹雪舞う道を追いかけた」という段になって、さすがに尋常ならざる雰囲気は感じ取れましたが・・・。(笑!


サルビアの真紅の花を見ると、純情な少年のころが思い出されて、私の胸は甘い郷愁に包まれるのです。そして、そっとサルビアの花弁を1本引き抜くと口に含み、あの時味わった甘い蜜の味を確かめてみるのを常としているのです。




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2020年08月04日

ささがしの牛房(ごぼう)のそばで皆殺し


今年は暦の関係で土用の丑の日が7月に1回と8月に入ってからもう1回、都合2回あったということです。

・・・そういえばウナギの蒲焼を二度食べたような。(笑!


わが家でそうであったように、現代人は土用の丑の日と言えばウナギを好んで食べるようですが、ウナギを蒲焼にして食べるようになったのは比較的新しいということご存知でしたでしょうか。

ウナギはもちろん日本にも固有種が古くから生息していて、食用にされて来たのは間違いないことですが、どのようにして食べていたかというと、江戸時代の初めころまでは、開いて蒲焼などにせず、ぶつ切りにしてそのまま煮るか焼くかして食べていたということですから、ずいぶんワイルドではありませんか。(笑!

そもそも江戸人はウナギをあまり食しなかった。では何を食べて暑い夏を乗り切ったのだろうかというと、どじょうを好んで食べたというのです。


江戸の美味いものを題材にして、当時の人々の暮らしと生き様を鮮やかに蘇らせるエッセイ「大江戸美味草紙(むまそうし)」(杉浦日向子著)。

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大江戸美味草紙 [ 杉浦日向子 ]
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当時の江戸人が好んで食べた美味しい食べ物を川柳とともに紹介しています。その「暑気払いの切り札」の章に取り上げられていたのは、「どじょう」。

そのどじょうはどのように調理されて食べられたか?


ささがしの牛房(ごぼう)のそばで皆殺し

念仏も四五へん入れるどじやう汁


笹掻(ささが)きにしたごぼうと一緒に煮られて、あえない最期をとげるどじょうをうまく表現していますね。江戸人はどじょう鍋が大好物であったそうです。

私も東京観光で浅草の有名な老舗のどじょう料理屋で、このどじょう鍋を食べた経験があります。

先にあげた川柳では「どじょう」を「どじやう」と表記してありますが、私が訪れた老舗のどじょう料理屋の暖簾には「どぜう」と書いてあったと記憶しています。

「どじやう」と「どぜう」、何れが正しい表記か?

正解は両方とも「 ○ 」。(笑!


杉浦さんがどじょうの表記の仕方の違いについて、説明してくれています。

「どじやう」はどじょうが生きているときにこう書き、「どぜう」は食い物になったときの呼称であると。

すなわち、「どじやう汁」は生きたのをそのまま鍋に入れるからあくまで「どじやう」で、「どぜう鍋」はあらかじめ骨までやわらかく下茹でした姿煮や、裂いて頭を落とし骨や内臓をきれいに取り除いた開き身を用いるから、すでに「どじやう」ではなく食材としての「どぜう」なんだそうです。

なるほど、そういうわけだったのですね。江戸人は妙なところにこだわりを持ったんだな?これも江戸人が命の次に大切にしたという粋というものなのでしょう。

そういえばかの老舗のどじょう料理屋では、柳川鍋の注文を取るとき、「骨付き」「骨抜き」を問われました。「骨付き」にしろ「骨抜き」にしろ下処理されているから、「どぜう」ということになりますね。暖簾に書かれていた文字には、そういう深い意味があったのでした。


土用の丑の日はすでに過ぎましたが、今宵「どじやう汁」で江戸人の粋をいっしょに味わってみるのもまた乙というもでしょう。






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2020年04月08日

古人もスーパームーンは見ていただろうに・・・。


昨夜は日本各地でスーパームーンが観測されたということです。
太陽と太陽の周りを回る地球、そして地球の衛星である月の軌道上の位置がどのような配置になったときに、月が大きく見える現象が起きるのか、またその配置は何日ごとに繰り返されるのか、私にはその知識がありませんが、前回スーパームーンが話題になったのはついこの間のこと、今年の3月のことでしたから、一月ごとに発生するということ?

おそらく今回たまたま太陽と地球、そして月の軌道上の配置が短い間隔でそのようになったということでしょう。毎月スーパームーンが観測されるって話聞いたためしがありませんからね。


有史以来私たちの先祖は、月を見て来たのは疑いのないことですが、日本人はなぜか月が大きく見えることにはあまり注意を払わず、月が満ち欠けすることに強く琴線を揺さぶられたようです。


天の原ふりさけ見れば春日なる 三笠の山に 出でし月かも 阿倍仲麻呂

月やあらぬ春や昔の春ならぬ 我が身ひとつはもとの身にして 在原業平

願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月の頃 西行


古の人たちが月を見て詠んだ歌は、それこそ数あまたありますが、私が今思い出せるのは、上記の三首。私の拙い知識によらずとも、月がいつもより大きく見えるというようなことを歌にしたものは、まったく見当たりませんね。





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2020年03月11日

スーパームーン


遠くにあるものは小さく見え、近くにあれば大きく見える。これは普段我われが経験していることですから、別段不思議なことではありませんね。

ところがその対象物が月となると、普段より大きい月が観測されるというのは、人の心に新鮮な驚きと感動を生じさせるものです。

ウエブトピックスより、
世界各地でスーパームーンを観測 巨大な?月が夜空を照らす

同時に配信されている写真を見ると、これは確かに大きい。スーパームーン(super moon)という言葉は正式な天文用語にはないということですが、これほど的確に事象を表現している言葉は他には見当たらないでしょう。

さて、太陽の周りを回る地球とその地球の周りを回る月の軌道上の位置によって、スーパームーンは周期的に観測されるわけですが、これは今に限ったことでなく銀河系に太陽とその惑星の地球、そしてその衛星である月が出来てよりこの方、繰り返されて来た天文学的事象であるわけで、有史以来の我々の先祖も月が明るく大きく見えることが繰り返されることを知っていたはずです。

それは日本でも同様であるはずなのに、日本人はなぜか月が大きく見えたり小さく見えたりすることにはあまり関心を払わなかった。むしろ月が満ちたり欠けたりすることに強い趣を抱いた。

それは月に関する言葉をあげてみてもわかりますね。「望月」「三日月」「十五夜」「十六夜(いざよい)」・・・。

これに対してスーパームーンをいう言葉はと探してみても、「大月(おおつき)」という表現にしてもはたして正しくスーパームーンのことを指しているのかというと、どうも怪しい。


月見ればちぢにものこそ悲しけれ
  わが身ひとつの秋にはあらねど

と詠んだ古の歌人は、いかなる月を見て憂愁に沈んだのでしょうか。少なくともスーパームーンなどではなかったと思いたいものです。




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2019年09月14日

月みればちぢにものこそ悲しけれ


一昨日9月12日(木)の日本経済新聞の気象欄を見ますと、昨日9月13日の暦が載っていて、旧8月15日と書き添えられています。月齢は、13.7となっています。昨晩は各地で中秋の名月を観賞された方も多いのではないでしょうか。

ものの本で読んだ話の受け売りですが、月をめでるという行為を楽しむのは日本人だけそうですね。アメリカ人に月見をしようと誘ったら、当日望遠鏡持参でやって来たのには往生したとか。なるほど月見に違いありませんが、日本人のいう月見の感覚を教えるのに苦労したということです。


月みればちぢにものこそ悲しけれ わが身一つの秋にはあらねど


観月に望遠鏡を覗こうとするかのアメリカ人に、月を見ると身の回りのことがあれこれ際限なく悲しく感じられてくる。私一人だけではなく、みんな月を見ているだろうに(みんなもやはり悲しい気持ちになっているのだろうか・・・)と詠じた、古の平安歌人の心の中を見せてやりたいですな。





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2019年08月30日

「晩夏」の響きPART2


紅くして黒き晩夏の日が沈む 誓子

山口誓子の目には、晩夏の日が紅くて黒く映ったということです。


人が夏の終わりに抱く物寂しい感情を紅くして黒いと表現したこの俳人の非凡なる感性には、驚き入るばかり。


春夏秋冬季節は巡るのですが、季節の終わりに同じように「晩」をつけても、どうして挽歌だけがこうももの悲しく感じられてしまうのでしょうか。






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2019年08月09日

武蔵野


今や花の都東京の新名所となって久しい東京スカイツリー。その高さ634mは、かっての武蔵の国の「ムサシ(六三四)」にあやかったものというのは、皆さんご承知のとおり。

逢坂の関より東へは足を踏み出したことがないという古の都人は、武蔵の国などというのは、家康が江戸に幕府を開いてからさえも、僻地も僻地、人の住むところではないと思っていた。

事実、「武蔵野は月の入るべき山もなし 草より出でて草にこそ入れ」という狂歌が残っているくらいですから、荒漠とした荒れ野原であったことが想像されます。

今私が狂歌と言ったのは、この歌には別の意味が込められていて、荒れ野原を歌ったというよりは、むしろこちらの方が本筋と言えるくらい。


江戸の美味いものを題材にして、当時の人々の暮らしと生き様を鮮やかに蘇らせるエッセイ「大江戸美味草紙(むまそうし)」(杉浦日向子著)に、この歌が紹介されております。

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その「酔い覚めて」の章より、酒について。江戸人はどのくらい酒を飲んだか?杉浦さんは文献を徹底的に調べて、当時の酒量をこう計算しています。

上方から入って来る上質な清酒(下り酒)は、一樽が3斗6升入りで年間100万樽。当時の江戸の人口を100万人として、その半数が飲酒したとすれば、1人1年7斗2升、一か月6升。すなわち一日2合、休肝日なし。

このほかに関東の地酒が年間15~16万樽、焼酎が3万樽消費されたことを合わせると、まさに江戸は酒びたしの街であったと。江戸ッ子がおっちょこちょいで喧嘩ッ早いのは、いつもほろ酔いかげんだったからではないかとまで言わしめています。

江戸人と酒を語るとき、冒頭にあげた「武蔵野」は切っても切れない関係にあると、杉浦さんは書いておられます。


武蔵野は見渡す限りの原野。すなわち、野見尽くせぬ地。呑み尽くせぬ・・・。

そこで呑み尽くせぬほどなみなみと酒の入る大盃のことを「武蔵野」と呼んだのだと。

この「武蔵野」を使った大酒飲み大会の記録が残っているのだとか。文化14年(1817年)3月23日、両国柳橋の料亭「万八桜」で行われたのだそうです。その記録たるや俄かには信じられないほどの大記録。

68歳の堺屋忠蔵さんは、3升入る「武蔵野」で3杯(9升)飲んだとか。かたや30歳の鯉屋利兵衛さんは、こちらはなんと6杯半(1斗9升5合)。さすがに酔いつぶれてしまったそうですが、この話には続きがあって、利兵衛さんは目覚めてから茶碗に水を17杯飲んだということです。

・・・よく目が覚めたものだと感心しますね。(笑!


酔い覚めのぞっとするとき世に帰り

あの世から急転直下生還したような気持、したたかに酔いつぶれ、目覚めたときの酒飲みの心中を押し測った川柳、見事ですね。

水を17杯飲んだという利兵衛さん、閻魔大王に酒臭いと言われ、この世に舞い戻れたのでしょうか?







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2019年08月04日

鮎釣りの思い出


わが故郷北陸富山は、南側には北アルプスの3000m級の山々が屏風のようにそびえ立ち、そこを源とする川が中央の平野部を流れ、富山湾に注いでいます。

私は富山県西部の商業都市高岡市の在住。仕事の関係で県都富山市へはよく出かけますが、この行き来には、富山平野を流れる二つの大河を渡ることになります。

まず高岡から富山方面へは、出てすぐに庄川を渡らなければなりません。それから車を走らすことおおよそ30分。富山市中心街へ入る直前には、神通川を渡ることになりますね。

昨日も所用で富山まで出かけたのですが、2本の大河を渡っていると、何れの川でも川の中に胸まで浸かって竿を繰り出している多くの釣り人を見かけました。

・・・おおっ、これは釣りだな。釣果はどうかな?


鮎釣りといえば、20代のころ、これに熱中したことがありました。鮎といえば友釣りが有名ですが、私が凝ったのはドブ釣り。毛針釣です。

ここでその鮎釣りの変わった経験談を一つご披露したいと思います。

朝から釣果に恵まれ、ホクホク顔で竿を操っていると、いつにない大きな引き。釣り上げた鮎を見ると、鼻には鼻管が、尻ヒレには逆さ針が打ってあり、鼻管からはてぐすが長く延びていました。

ナント友釣りの囮から逃れた鮎を釣ってしまったのです。囮になるだけに良型の鮎、25~6センチはあったでしょうか。さすがにおとり針は切れて引きずってはいませんでしたが・・・。

いかに生きていくためには餌を捕食しなければならないとはいえ、どこまで人間にいたぶられれば気がすむのか、この鮎がかわいそうになり、鼻管と逆さ針を外して、川に逃がしてやりました。それからどうしたというのでしょう、ピタリと釣れなくなって、早々に竿を収めたことが思い出されます。

きっと逃がした鮎が、今日は虫に喰らいつかないほうがいいと、仲間の鮎に言いふらしたのだと釣仲間から冷やかされましたが・・・。(苦笑!


鮎の香を聴かんと 窓下げ橋上をゆく





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2019年07月23日

本句取り


一昨日の日曜日のことです。早朝に会社に来てみると、周りがずいぶん騒々しいので驚きました。

これはどうしたことかと窺えば、会社社屋から市道一本向こうに流れる川の土手に生えた草を刈っている草刈り機のエンジン音。市から委託されているのでしょう、7~8人の人が背丈ほどにまで成長した草木と格闘しておられました。

社屋2階の事務所の窓からその様子をパチリ。

土手の草刈り


たまたま機械の調子が悪くなったのか、一番左の人がしばらく機械を止めて調整しているようでしたが、上手くエンジンが始動しないので、同僚を呼んでいるところです。

写真を撮るのに窓を開けると、ブ~ンという草刈り機のエンジンの合唱音とともに、エンジンの排気ガスと刈られた草の青臭い臭いが混じった、何んとも表現のしようのない臭いが鼻をつきました。

気温が上がらぬ早朝から、おそらく明け方の薄暗いころから始められたのではないでしょうか。この写真を撮った6時ごろには見てのとおりだいぶ仕事も進んだようです。7時過ぎに気づいたときには、エンジンの音もすっかり止んで、何事もなかったかのようにいつもの静かな日曜の朝に戻っていましたから。


夏草や夢も見ぬまに刈られけり


和歌の世界では本歌取りという手法を用いた歌があることは、私も高校の時に習って知っています。確か古の有名な歌から一句か二句取って来て、本歌とは違った内容の歌に仕上げるというのでしたか。

ところが俳句の世界で「本句取り」というようなことは、聞いたためしがありませんね。俳句に使える文字数は、短歌よりさらに14文字絞られて全部で17文字ということになりますから、古句から取れる文字数にも制限があるということなのでしょう。駄句になるのがオチですね。

俳句をこよなく愛し俳句に精通した人たちからひんしゅくを買うのを覚悟して、あえて駄句を披露してみました。・・・ゴメンナサイ。






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2019年03月27日

子どもたちは小学校5年生から英語を習うことに


日本人は学校で10年間も英語を習って来ても、ろくに会話もできないという話をよく耳にします。

正直に告白します。・・・私もその口です。(笑!

ところで新しい学習指導要領の改訂にともなって、2020年度から初めて小学校で使われることになる英語教科書が、この度検定作業に入ったと報じられています。

ウエブトピックスより、
「聞く」「話す」重視=日常の場面想定-発音など検定で修正・英語教科書

ほぉ~、これからの子どもたちは小学校5年生から英語を習うことになるのですか。そうすると10年間ではなく12年間習っても、ろくに会話もできないと言われることになりますな。(笑!

・・・そうではなかった。そうならないためにも小学5年生から、聞くこと、話すことを中心に英語を習おうということなんでしょうね。


英語には日本語にない発音をする語があるため、日本人には聞き取ることも発音することも難しいということが理由として上げられていますね。

皆さんは「L」と「R」の発音を正確に聴き取れますか?正確に発音できますか?

これからの子どもたちは、そこのところを重点的に小学校から習おうということですから、しっかり学んで英会話に慣れて欲しいものです。しかし、私に代表されるごとく、すでに「10年習っても・・・」組は、どうしたらいい?



ウエブトピックスより、
LとR、装置で聞き分け改善 日本の研究チームが開発

このほど情報通信研究機構や大阪大などの研究チームが、「L」と「R」を聞き分ける能力を装置を使って向上させる手法を開発したという話題。

この装置を使って1日1時間のリスニングの訓練を5日間続けたところ、平均で6割だった正答率が、5日後には9割近くまで上がったということです。

なになに、本人は音を聞き分ける学習をしているつもりがなくても、無意識のうちにリスニング力が高まったと。

・・・私も訓練受けてみようかな。(笑!


しかし、よくよく考えてみれば、私は1日1時間も英語のヒアリングの勉強などしたためしがありませんでした。

うん?・・・なんだ、そういうことか!

毎日1時間勉強を続ければ、そりゃあ誰だって能力が向上するでしょう。


たしかこれを英語では、「Practice makes perfect.」と言いますよね。

求道に王道なし。「習うより慣れろ」というのは、西洋でも日本でも同じということでしょう。


そこで一句、
過ぎ去りし十年偲ばる 「L」と「R」


・・・お粗末でしたっ!(Poor enough!)


いや、10年どころかもはや50年前のことになりますね。

「This is a pen.」、もはや伝説的な英文となりました。



 


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2019年01月09日

柏手を打つにもスマホかざす春



平成最後の年が明けました。皆さん初詣に行かれましたか?

ところで初詣といえば、お賽銭いくらぐらいご用意されますすでしょう?

近頃は国もキャッシュレス化を進めていることもあり、お賽銭も電子マネーで決済できる仕組みを採用する神社仏閣が増えて来たというのですが・・・。

ウエブトピックスより、
「電子さい銭」全国で拡大=神社・寺、訪日客らに狙い-「便利でいい」「御利益ない」


数年前になりますが、近くの神社に初詣に行った時のこと。

神前に畏まりお賽銭を投じようとして小銭入れを開いたところ、中には5円玉が1枚と1円玉が3枚ということがありました。いくら何でも8円じゃ神様に申し訳ないですよね。

わぁ~、年の初めから千円の出費は痛いなあ~と思いながら、札入れを取り出してみれば、1万円札が3枚と5千円札が1枚。

今年1年が良い年であるようにと詣でたはずの神前で、柏手を打つ前からすでに私の思いは裏切られていることを知ることに相成ったのでした。(涙!

・・・恥を顧みず書かせていただきます。神様には8円でお許しいただくことにさせていただきました。(笑!


・・・なるほど、そんな時こそ電子マネーでお賽銭を投じる(この場合投じるという表現が正しいかどうか疑問ではありますが・・・)ことができれば、別段恥ずかしい思いをしなくていいですか。

しかし、なにか釈然としない気もしないではありません。記事に書かれているように、「罰当たりな気がする」と感じられる人、多いのじゃないでしょうか。

「さい銭はそもそも、米や魚などの奉納が現金に変わったもの。現金が進化した電子マネーでも違いはない」とは、言われてみればごもっとも。



現金も電子マネーも許す神

柏手を打つにもスマホかざす春



・・・お粗末でした。






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2018年05月24日

「茶摘(ちゃつみ)」


夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る

あれに見えるは茶摘じゃないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠


日本の唱歌「茶摘(ちゃつみ)」です。

立春から数えて88日に当たる日が八十八夜、現代の暦では5月2日ごろになるということですが、旧暦では当然のことながらゴールデン・ウィークなどありませんから、現代人が休暇と称して旅行やバカンスに興じているとき、昔の人は野や山の風景を眺め、夏の到来に思いを馳せたということになりましょう。

茶摘は初夏の風物詩ということになりますね。


狭山茶で有名な埼玉県入間市では、八十八夜にあたる5月2日に「八十八夜新茶まつり」が行われているということです。

八十八夜新茶まつり=埼玉県入間市

同時に配信されている写真を見ると、市の庁舎のすぐ横に茶畑が作られているようですね。お茶の生産ばかりではなく、お茶そのものを狭山市の有力な観光資源として活用しようという市の力の入れようが見て取れます。

急須を知らない子どもが増えたと市長が挨拶の中で述べられたそうですが、なるほど、子どもならずともこの私でさえ、もっぱらペットボトル入りのお茶を利用していることを思えば、急須を知らぬ子どもを咎めることはできませんね。(苦笑!

急須を知らぬのなら、"あかねだすき"や"菅(すげ)の笠"を知らぬのも仕方のないことか。せめて「茶摘(ちゃつみ)」の唱歌で、お茶のことを学んで欲しいものですな。

日和つづきの今日此の頃を
心のどかに摘みつつ歌ふ

摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにや日本の茶にならぬ


今日家に帰ったら、急須でお茶を入れて、昔より受け継がれて来た日本の豊かな文化を新緑映える野山の香りと共に味わってみることにしましょう。




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2018年05月21日

蛭(ヒル)


歌人小池光氏の著した「うたの動物記」より、夏の俳句を一句ご紹介します。こんな動物まで歌に詠んでしまう民族は日本人の他にいないのではないかと思えてきます。



その動物とは、「蛭(ヒル)。体を尺取虫のようにくねくね折り曲げて移動し、動物に吸い付いて血を吸うあのヒルである。


私らが子供のころは、農作業は今のように機械化されていなく、何事も文字通り手作業が主でした。農家の方は、つらい農作業もさることながら、水田に生息するヒルにも大変悩まされたことでした。それも農薬の普及により、今ではヒルを見ることもめったになくなりましたね。

血を吸われるのは蚊でさえもごめんこうむりたいのに、ぬめりのある体をくねくね折り曲げるように動き回り、蚊の何十倍もの口で吸い付くのですから、けっして気持ちのいい動物とはいえませんよね。

ところがこの嫌われものヒルは、有史以来人間と関わりが深かったというのですから驚きです。

「古事記の国生み神話では、女性であるイザナミノミコトが先に愛を告白してしまったがために『蛭子』が生まれ、これを葦船に入れて流してしまう。物語のはじまりから、忌み嫌われてきた」と書かれているところをみれば、ヒルは神代の昔から生息していて、恐れ多くもご神体に吸い付くこともあったのだろう。


我妹子(わぎもこ)が蛭の血を拭く蕗葉(ふきは)かな  松浦青々


もはやヒルの不気味さは微塵も感じさせませんね。我妹子の白いふくらはぎ、赤い鮮血、フキの葉の青、妖艶な美女のなまめかしさを演出するヒルです。

日本人の感性の豊かさが感じ取れる味わい深い一句と言えましょう。


ちなみにヒルは夏の季語であるということです。先の句は丁度今時分の時節に詠まれたものなのでしょう。





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2018年05月19日

ヤモリ


お奨めの一冊、歌人小池 光著「うたの動物記」より、今日話題にする動物はヤモリ。



突然ですが、皆さんはヤモリとイモリの違がわかりますか?。
当然のことながら、ヤモリは爬虫類、イモリは両生類。生物の進化上両生類から進化して爬虫類が現れた。このくらいのことなら大概誰でも知っていますよね。でも、爬虫類と両生類の排尿の代謝の違いまでご存知の方は少ないのじゃないか?私も知りませんでした。

代謝により体内に発生したアンモニアを水溶性の尿素として体外に排出するのが両生類。爬虫類は不溶性の尿酸として糞とともに排出すると説明が書いてあったので驚きました。


これは俳句や短歌について書かれた本のはず。なのに「科学もの知り本」かと勘違いするほどです。難しい生物学的な分類上のことはさておき、イモリの腹は毒々しいほどに真っ赤、対してヤモリはさらさらと真っ白。

子供のころ夜ともなると明かりに誘われやってくる蛾を狙って、窓ガラスによくこのヤモリが現れたものでした。大きいものでも体調10センチほど、ピタリとガラスに貼りつくようにして、近づいてくる蛾をパクリと捕らえる。時にはヒタヒタと足をしのばせ自ら獲物に近づいていく。そんな様子を飽きもせず眺めていたものでした。

「家を守るから家守(ヤモリ)という。家を災難から守ってくれているのだから、決して殺してはだめですよ」と、祖母から何度も聞かされたものでした。

おおよそヘビ・トカゲに代表される爬虫類ほど、人から気持ち悪がられる動物はいないのではないか。湿ったうろこ状の皮膚、先の割れた細長い舌を口の先からチロチロ出し入れするさまは、決して気色のいいものではありません。ところが同じ爬虫類でも、ヤモリにかぎっては、皮膚もさらさら乾いた感じで、口の両端の上に離れて位置する大きな目玉はくるりとかわいい。蛾を捕食した後に口の端を舌で舐めるようなしぐさを見せたときなど、不二家のペコちゃんのようにさえ見えたりします。

最近ではいくらガラス戸の内側で待っていようとも、とんと姿を見せないヤモリはどこへ行ってしまったのだろう。


あっ、そうそう、肝心の歌についてご紹介するのを忘れていました。
さすがにヤモリは俳句には歌われていないようで、いづれも短歌が詠まれていました。


硝子戸に白く守宮(やもり)の腹が見ゆ 生きるしるしの手の皺が見ゆ  〔西村 尚〕

まさしく何時間も飽きることなくガラス窓の前にたたずんだ少年の日の私を思い出します。呼吸をするたび大きく息づく白い腹とピタリとガラスに貼りついた大きな指先の皺まではっきりと思い出すことができます。

ひったりと手をあて窓に貼りついて守宮(やもり)のごとく君を待つのだ  〔花山 周子〕

う~ん、ストーカーか!?(笑!
冗談はさておき、どうか愛しい人に己の存在を気づいて欲しいと願う小心な男の気持ちをヤモリの様子に上手く投影していますね。男はみな小心なんです。焦心の末に傷心するのも男というものなんです。「ひったり」という言葉にそれがよく表れているように思いませんか。


・・・ヤモリに少年の日の私を懐かしみ、また男の本質に思いを寄せたことでした。







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2018年03月06日

どなたかツバキとサザンカの見分け方、教えてください。


今朝庭に咲いていた白ツバキの花をアップで撮りました。



今私は白ツバキと言ったものの、これがほんとうにツバキなのか、ツバキの仲間なのか、よく分かりません。サザンカはこんな大きな花弁をつけないと思いますが・・・。それにサザンカならもう少し早い時期に花をつけるような気がします。


かき根の かき根の 曲がり角~♪
たき火だ たき火だ 落葉炊き~♪
あ~たろうか あたろうよ~♪
北風ぴいぷう 吹いている~♪

さざんか さざんか 咲いた道~♪
たき火だ たき火だ 落葉炊き~♪
あ~たろうか あたろうよ~♪
しもやけお手てが もうかゆい ~♪


有名な童謡を思い起こすと、やはりさざんかは冬の花というイメージですよね。それにツバキは「木へんに春」と書いて「椿」ですから、文字通り春の花でしょう。

しかし、ついこの間まで「北風ぴいぷう 吹いている」どころか、雪にどっぷり埋もれていましたからね。遅咲きのサザンカということもあり得る。


この花はツバキなのか、サザンカなのか?

どなたかツバキとサザンカの見分け方、教えてください。まあ、頭に白がつくことはだけは間違いありませんが・・・。(笑!




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2018年03月01日

「二十億光年の孤独」


無限に広がる宇宙には、文字通り星の数ほど恒星が存在し、その周りを惑星が回っているに違いない。太陽と地球のような恒星と惑星の組み合わせは、何も太陽系だけに限ったことではないだろう。ならば、地球上に生きる人類のような高等生物が存在してもおかしくない。

よしんば高等生物ならずとも、広い宇宙にはきっとどこかに何がしらかの生命体がいるはずだ。


このほど地球外生命の探査では、太陽系を超えて探す必要はないかもしれないという研究論文が二つ発表されたということです。

何と土星の衛星エンケラドスに、メタン菌生の生息の可能性があるというのです。

また、雨が10年に1度降るか降らないかの南米アタカマ砂漠(Atacama Desert)に生存する微小な細菌や微生物は、火星に同様の生命体が存在する可能性を示唆するという研究結果も発表されています。


どうも我々人類は寂しがりなのでしょうか、広い宇宙に友を求めたがるようです。

今私は、谷川修太朗の有名な詩を思い起こしています。確か高校1年の4月に買い求めた現代国語の参考書の冒頭に載っていました。


二十億光年の孤独

人類は小さな球の上で
眠り起きそして働き
ときどき火星に仲間を欲しがったりする
 
火星人は小さな球の上で
何をしてるか 僕は知らない
(或いは ネリリし キルルし ハララしているか)
しかしときどき地球に仲間を欲しがったりする
それはまったくたしかなことだ
 
万有引力とは
ひき合う孤独の力である
 
宇宙はひずんでいる
それ故みんなはもとめ合う
 
宇宙はどんどん膨らんでゆく
それ故みんなは不安である
 
二十億光年の孤独に
僕は思わずくしゃみをした


当時16歳を迎えようとしていた純真な青年( ← 私のことです)は、この詩が谷川修太朗17歳の時に作ったものであることを知り、大いに驚いたのでした。


冒頭にあげた二つの研究が正しいとすれば、我々の知らない生物体が、この宇宙のどこかで、(或いは ネリリし キルルし ハララしている)のかも知れません。


このとき二十億光年の孤独に思わずくしゃみをした17歳の谷川青年は、やがて米寿を迎えようとしておられるはず。半世紀以上経ってもいまだに宇宙に仲間を求める人類に、齢九十年の人生を歩んでこられた谷川翁は、いかなる思惟をめぐらしておられるのだろうか?







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2017年05月17日

夏は来ぬ。


昨日は狭山茶で有名な埼玉県入間市からの話題、茶摘みの歌に触発されて、家に帰ってからペットボトル入りのお茶でなく、急須で入れたお茶を飲んだのでした。

当地北陸富山は米どころ、近頃では転作政策の影響で麦や大豆もずいぶん作られるようになりましたが、残念ながらお茶の木が栽培されているという話は聞きません。

子どものころより見慣れた風景は、5月の上旬ならば、代掻き。中旬になると田植え。


    

残念ながら、「あかねだすきに菅(すげ)の笠」 という「茶摘み」に歌われている光景は見た経験がありません。唱歌でいうならば、もっぱら「茶摘み」よりも「夏は来ぬ」といったところでしょうか。


卯の花の におう垣根に
ほととぎす 早も来 啼きて
忍び音もらす 夏は来ぬ

さみだれの 注ぐ山田に 
早乙女が 裳裾ぬらして
玉苗植うる 夏は来ぬ


立夏も過ぎてはや十日余り、当地の今日は朝から晴れ渡り、爽やかな日となりました。開け放った窓からの風は肌に心地よく当たります。


夏は来ぬ。

Summer has come.


英語でも日本語でも簡潔に言い表せますね。




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2017年05月16日

「茶摘(ちゃつみ)」


夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る

あれに見えるは茶摘じゃないか
あかねだすきに菅(すげ)の笠


日本の唱歌「茶摘(ちゃつみ)」です。

立春から数えて88日に当たる日が八十八夜、現代の暦では5月2日ごろになるということですが、旧暦では当然のことながらゴールデン・ウィークなどありませんから、現代人が休暇と称して旅行やバカンスに興じているとき、昔の人は野や山の風景を眺め、夏の到来に思いを馳せたということになりましょう。

茶摘は初夏の風物詩ということになりますね。


狭山茶で有名な埼玉県入間市で「八十八夜新茶まつり」が行われたと、ウエブトピックスは伝えています。

八十八夜新茶まつり=埼玉県入間市


急須を知らない子どもが増えたと市長が挨拶の中で述べられたそうですが、なるほど、子どもならずともこの私でさえ、もっぱらペットボトル入りのお茶を利用していることを思えば、急須を知らぬ子どもを咎めることはできませんね。(苦笑!

急須を知らぬのなら、"あかねだすき"や"菅(すげ)の笠"を知らぬのも仕方のないことか。せめて「茶摘(ちゃつみ)」の唱歌で、お茶のことを学んで欲しいものですな。


日和つづきの今日此の頃を
心のどかに摘みつつ歌ふ

摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにや日本の茶にならぬ


今日家に帰ったら、急須でお茶を入れて、昔より受け継がれて来た日本の豊かな文化を新緑映える野山の香りと共に味わってみることにしましょう。





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2017年04月01日

梅とモクレン


季節の花、2種。拙宅の"猫の額"に植わっている草木を撮りました。

今が盛りの白梅。



もう一つはまだ蕾も固いものの少しほころびかけた白モクレン。



今年の冬は雪も少なく暖かで、春の訪れの足音も早く聞けたようでしたが、どうやら3月下旬になって、もうひと息というところまで来て足踏みをしているようです。

昨年は4月4日に満開を迎えたモクレンでしたが、この様子ですと今年は少し遅れそう。

例年桜の開花と相前後して花を付けるわが家のモクレン、ちなみに一昨年は桜の満開と時を同じくして咲いてくれました。


梅は咲いたか 桜はまだかいな
柳はなよなよ 風しだい
山吹や浮気で 色ばっかり 、しょんがいな


昔より花柳界の粋なお姐さんを花にたとえ、いっこうにその気になってくれぬと気を揉む男の気持ちを歌ったなかなかに艶っぽい端唄の文句には、どうしたわけかモクレンは出て来ませんね。

・・・してみれば、モクレンは色気のない野暮ったいお姐さんということになるのでしょうか。(笑!




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2017年03月17日

はたして肥満は地球を救うか?


肥満は、糖尿病や高血圧など生活習慣病をまねく原因となり人の健康に悪い影響を及ぼすことは、誰もが知るところですが、肥満の罪深きは、何も健康だけに限ったことではなさそうだという話題。

イギリスの大学の研究チームは、肥満は限られた地球の食料資源にとっても重大な脅威となりうると論文の中で主張しています。

・・・どちらかといえば縦より横方向に成長したと思われる体形を持つ身としては、なんだか申し訳ない思いを抱いてしまう論文のような気がしないでもありません。(笑!

ウエブトピックスより
「肥満は地球の脅威」=人口爆発に匹敵―英論文


なるほど考えてみれば、食糧不足はなにも人口増加だけに起因するものでなく、食べる量にも影響を受けるというのは、至極もっともなことです。

しかしこの論文の盲点は、「全ての国が米国並みの肥満者の割合になれば」と仮定していること。

考えてもみてください。世界中が肥満者で満ち溢れれば、生活習慣病がもとで命を縮める人が増えるということでもあります。すなわち肥満は、人口増加に抑制をかける要因でもあるという側面を見逃してはならないはず。



肥満は地球の脅威である反面、救いでもあると俄か科学者( ← 私のことです・・・笑!)は主張したい。すなわち「肥満は地球を救う」と。

蛇足ながら、この主張は私の体系とはなんら関係がないことを付け加えさせていただきます・・・。(爆笑!





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2017年03月08日

雛の節句も過ぎたというのに・・・。


弥生3月を迎えてウキウキ心を弾ませたのは少々早かったようです。

昨日の夕方よりみぞれ交じりの雪がちらほら舞い出したと思っていたら、今朝起きてみれば一面の銀世界。



雪国当地北陸富山では、例年このようなことが必ずあるというのに、少しばかり浮かれ過ぎていたのそしりは免れないようです。


ぬばたまの黒髪にほふ乙女らの
祝う日も過ぎ雪のふりける





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2017年02月09日

我もまた孑孑(けつけつ)たらん・・・。


「孑孑」という漢字ご存知だろうか?

子供の「子」の字の最後の画を跳ねて書いたものを二文字続けたことばになりますが、これを正しく読める方そういらっしゃらないのではないか。


「ぼうふら」と読むのだそうです。蚊の幼虫のことです。

「ぼうふら」、同じ字を重ねてどうして前後違う読みをするのかと思ったら、もともとは後の方の「孑」の最後の跳ねは、左側が突き出ていないのが「ふら」と読ませる本来の字なのだそうです。私のPCでは変換できませんでした。まるでハングル文字のようですな。

辞書をひくと、「けつけつ」と読ませて「孑孑たり」という形容動詞でつぎのような意味が書いてありました。

1 一人ぬきんでたさま。2 孤立するさま。3 小さいさま。こせこせしているさま。

そうすれば、「ぼうふら」は3の意味からきているのだなということがわかりますが、1と2の抜きん出た孤高の存在と言うのは、ある意味魅力的ですね。


歌人・小林 光 著『うたの動物記』に取り上げられていたのが、この「孑孑」。



意外やボウフラは俳句によく読まれているそうで、夏の季語になっているとは知りませんでした。


書かれていた3句をご紹介したいと思います。いづれも有名な俳人の手になるものです。

孑孑の蚊になる頃や何学士  子規

けふの日も棒ふり虫よ翌(あす)も又  一茶

我思ふままに孑孑うき沈み  虚子


私が感じるところ、時代は違えども日本の生んだ優れた俳人3人が3人とも、「孑孑たり」の1.2の意味を意識しているのではないか?

名は体を表すといいますが、子供の頃にそれほどまでに抜きん出ているのなら、蚊に変わったときはどれほどのものになっているのかと皮肉ったのが子規。

一茶は、2のほうに力点を置いたのではないか?孤高の我とボウフラを重ねて笑ってみせた。

我とは虚子でもありボウフラでもあるのか?浮き沈みするボウフラに存在を暗示させます。


そこで私も一首、恥を忍んで・・・。

我もまた孑孑(けつけつ)たらん
   人生の往路歩みて久しける身を







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2016年12月07日

夜明け前 PART2


冬を実感するのは、何も寒くなるから、雪が降ってくるからと限ったものではありませんね。

冬至を前にして今が一番日の短い時期、今朝7時少し前でこんな状態です。夜明け前の静寂が支配する一時こそ、冬の到来を感じさせるような気がします。




誰しも青春の多感な時期を過ごしたはずでしょう。
私にも確かにそんな時があった。よく口ずさんだこんな歌を思い出しました。
ずいぶん古い歌ですね。たしか私が高校生のころ耳にしたと思うのです。

それが岡林信康というフォークシンガーと知ったのは、ずいぶん後のことで、友達がギターをかき鳴らしながら、この歌を歌っていたのを聞いて、かっこいいなぁ~とうらやましく思ったものでした。




友よ 夜明け前の闇の中で
友よ 戦いの炎を燃やせ

夜明けは近い 夜明けは近い
友よこの闇の向こうには 友よ輝く明日がある


友よ 君の涙君の汗が
友よ報われるその日が来る

夜明けは近い 夜明けは近い
友よこの闇の向こうには 友よ輝く明日がある

    .
    .
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人はこのような自然の神々しさに出会うとき、大きな感動を覚えずにはいられませんね。きっと誰しも闇の中を手探りで歩いているからなのでしょうか。   




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