★今街で噂の★酒そばとはこんなそば 酒そばってこんなそば

通常そばを練るときには、水を使用するのですが、その水のかわりに「お酒」を使って練ったのが、 当店自慢の酒そばです!

お酒は富山で人気の地酒を使っています!
お酒の風味と香りが、 そば本来の風味と香りにからみあい、今までにないおいしいおそばができあがりました!

そば通、お酒通と呼ばれる方の中には、そばを食べ終わった後に
「残ったそばつゆに酒を少し足して飲む」のが最大の楽しみといいますよね。
まさしくお酒好きの方には、もう「たまりませ~ん!」っておいしさです♪

でも、お酒の苦手な方でもご安心くださいね! アルコール成分はそばを茹でた時にほとんど飛んじゃいますから、 お子様でも安心して食べられますよ!
(※但し、アルコールに弱い体質の方や小さなお子様はご注意ください。)


酒そばをゆでた後の蕎麦湯はえもいわれぬおいしさそばを茹でたあとのそば湯は ほのかなお酒の香りと旨味がでており、 それはそれはえもいわれぬおいしさ!
そばのお味から、香り、はたまたそば湯まで、 全てがたまらなぁ~いのが酒そばです♪

いつもの「そば」とは違う、ちょっとリッチなひと時を「酒そば」でお楽しみください♪


★これは珍しい!ひそかな噂を呼んでいる★こだわり酒そばこだわり酒そば

当店売れ筋NO1がこの「こだわり酒そば」です!


「こだわり酒そば」は、その名のとおり、
原材料にこだわり、厳選した、国産の原材料を使用しています!

そば畑■こだわり・その1:そば粉■
そば粉は、日本有数のそば処信州・安曇野(あずみの)産のそば粉を、 石臼にて、丁寧に、丁寧に、粗挽きしたものを使用しています。

北アルプス山麓長野県安曇野市一帯の地域は、 名水百選「安曇野わさび田湧水群」で知られる日本有数の名水の土地です。

清らかでミネラルが豊富な水によって、味も香りも素晴らしいそばが育まれます。


豊かな大地が育む小麦畑■こだわり・その2:製法
このそばの味と香りを最大限引き出すため、 製法にもこだわっています♪

そばの実を製粉する際、これまでの方法ですと、 機械製粉のためかなりの熱が発生し、 そば本来の香りが失われてしまいます。
昔ながらの石臼を使ってゆっくりと、丁寧に、丁寧に、挽くことによって、 そばの実の甘皮と呼ばれる部分をも一緒に挽きくるんだ、 そば本来の香り一杯の粗引きの「そば粉」にしています。

■こだわり・その3:小麦粉
小麦粉は北海道の大地が、育んだ小麦粉を使用しています!
北海道産小麦の特徴は、風味がよく、 その豊で広大な大陸同様、豊かな味わいを大切にし、そばの風味を最大限に生かす粉です。


富山県高岡市雨晴海岸より望む立山連峰■こだわり・その4:お酒
地元富山で人気の地酒を使用しています。

富山県は、三方を北アルプス立山連峰などの、山岳地帯に囲まれており、 中央には実り豊かな平野が広がっています。

富山湾、日本海へと開けている天然の巨大ダムともいえる山々からは、 一年を通じて豊かで、清らかな水が生まれるんです!
豊かな大地と清らかな水に育まれた米どころ富山は、日本でも有数の酒どころでもあります。

酒そば本舗の酒そばは、富山で人気の地酒を使用しています。

2018年02月27日

「引っ越しそば」とは


年度末が迫った2月下旬から3月下旬にかけてのこの時期、トラックのレンタルの繁忙期だということご存じだったでしょうか?

実は所有する2トントラックが1台故障してしまい、予備車を使用して何とか回していたのですが、出荷量が増える週末に対応しきれなくなり、レンタカー会社に問い合わせしてみたのでしたが。

どの会社に聞いても答えは同じ。・・・もともとトラックなどの商用車は数が少ないうえに、この引っ越しシーズンはすべて予約で埋まっています。週末は特に空きはございませんという返事。中には引っ越しの専門業者が3月1か月間全て押さえてしまっているというところまでありました。

・・・なるほど年度末の職場移動や学生さんの荷物運び、この時期が引っ越しの季節だということ、改めて実感した次第です。


ところで皆さんは、引っ越しと聞けば何を思い浮かべられますか?

そば屋としては、「引っ越しそば」と即答していただきたいもの。(笑!


ウエブトピックスより、
「引っ越しそば」の大誤解 「新居で食べるそば」は間違い

・・・なになに、「引っ越しそば」って転居先の新しい住まいで食べるものだというふうに勘違いしている人が多いですって。

リサーチ会社が実施した調査によれば、「引っ越しして新しい家で引っ越し蕎麦食べた」とか、「予定どおり引っ越しを終え、早めの夕飯は『引っ越しそば』」のように、引っ越しをする本人とその家族が「転居先で食べるそば」のことだと勘違いしている人が半数近く(48.9%)もいるということです。

まったく困ったものですな。それでは私が講釈をたれるとしましょうか・・・。

そもそもそばが今のように長く切られて食べられるようになったのは、江戸時代の初めのこと。それまではそばのむき実をそのまま煮ておかゆ(そばがゆ)のようにして食べたり、粉に挽いたとしても水でこねて団子(そばがき)のようにして食べたと言われています。

そばの新しい食べ方は、当時の江戸でそば切りと呼ばれ、その安さと相まって大流行したのだそうです。

江戸時代中期になると、そのそばを引っ越し先の隣近所に挨拶がわりに配るという風習が流行り出し、これが「引っ越しそば」の始まりというわけ。

現代では自分の住むマンションの隣の住人の顔さえ知らぬ人が多くいるということですから、「引っ越しそば」は隣近所に配るものから、自分で食うものに変わってしまったというのもあながちわからぬでもありません。

「お側(そば)にやってきました」、「細く長いお付き合いをお願いします」といった意味を込めた粋な江戸の町民の風習が、こうやって忘れ去られていくのはさみしい限り。そばという伝統的な食べ物に従事する者としては、ため息しか出て来ませんな。

しかし、「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配るそば」であったものが、「新しい転居先で食べるもの」に変わったにせよ、まあ、そばを食べてくれる人がいることに変わりはないというもの。これはこれで有難いことだと、現金な考えを巡らしたりもしています。(苦笑!


さて「引っ越しそば」はよしとして、トラックはどうしたらいいものやら。





◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**

にほんブログ村
  


Posted by 酒そば本舗店長 at 11:25Comments(0)そばの雑学

2017年03月25日

引っ越しそば


ウエブトピックスより、
「引っ越しそば」の大誤解 「新居で食べるそば」は間違い

・・・なになに、「引っ越しそば」って転居先の新しい住まいで食べるものだというふうに勘違いしている人が多いですって。

リサーチ会社が実施した調査によれば、「引っ越しして新しい家で引っ越し蕎麦食べた」とか、「予定どおり引っ越しを終え、早めの夕飯は『引っ越しそば』」のように、引っ越しをする本人とその家族が「転居先で食べるそば」のことだと勘違いしている人が半数近く(48.9%)もいるということです。

まったく困ったものですな。それでは私が講釈をたれるとしましょうか・・・。

そもそもそばが今のように長く切られて食べられるようになったのは、江戸時代の初めのこと。それまではそばのむき実をそのまま煮ておかゆ(そばがゆ)のようにして食べたり、粉に挽いたとしても水でこねて団子(そばがき)のようにして食べたと言われています。

そばの新しい食べ方は、当時の江戸でそば切りと呼ばれ、その安さと相まって大流行したのだそうです。

江戸時代中期になると、そのそばを引っ越し先の隣近所に挨拶がわりに配るという風習が流行り出し、これが「引っ越しそば」の始まりというわけ。

現代では自分の住むマンションの隣の住人の顔さえ知らぬ人が多くいるということですから、「引っ越しそば」は隣近所に配るものから、自分で食うものに変わってしまったというのもあながちわからぬでもありません。

「お側(そば)にやってきました」、「細く長いお付き合いをお願いします」といった意味を込めた粋な江戸の町民の風習が、こうやって忘れ去られていくのはさみしい限り。そばという伝統的な食べ物に従事する者としては、ため息しか出て来ませんな。

しかし、「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配るそば」であったものが、「新しい転居先で食べるもの」に変わったにせよ、まあ、そばを食べてくれる人がいることに変わりはないというもの。これはこれで有難いことだと、現金な考えを巡らしたりもしています。(苦笑!




◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**


にほんブログ村

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 13:17Comments(0)そばの雑学

2016年10月26日

そば湯について


そばとうどんはどこが違うのか?

そんなもの、そばはそば粉で、うどんは小麦粉(うどん粉)で作るに決まっているじゃないか。

ではそば粉と小麦粉は、どう違うか?・・・色が違うでしょう。

じゃあ、色以外でどこが違っているのだろう?
そば屋ではそば湯を出してくれるが、うどん屋で"うどん湯"を出してくれるということないでしょ。

だんだん怪しげな答えになってきましたね。


というわけで、そば粉の栄養成分のうち特にタンパク組成について、小麦粉のそれと比較した資料が手許に入りましたので、これを基にしてご説明したいと思います。

〔日穀製粉(株)研究室の資料です]
そば粉と小麦粉のたんぱく質の違い
タンパク成分 そば粉小麦粉
備 考
アルブミン   12.1%11.1%
水 溶 性
グロブリン  53.8% 3.4%
塩可溶性
グルテニン   21.6%13.6%
プロラミン   11.3%
-
-
低分子  
-
5.3%
-
グリアジン  
-
33.3%
残渣タンパク質
-
33.4%
-


小麦粉の主たるタンパク質は分子が大きく、これを水と練り合わせると、○印のグリアジンとグルテニンが水和することにより、グルテンを形成してさらに大きな分子になるのです。

このグルテンは麩質と呼ばれ、うどんやラーメンのおいしい食感にはなくてはならないものなのです。そう、うどんのコシは、このグルテンが決め手になるのです。

一方そば粉に含まれるタンパク質は比較的低分子で、表からも分かるとおり水に溶けやすいのです。
また、グリアジンが含まれないので、水と捏ね上げてもグルテンが形成されないので生地がつながりにくい。それでつなぎに小麦粉を使って、そばを打つということが編みだされたのです。

これが、二八そばとか五割そばとかいわれる所以なのです。十割そばというのは、この水溶性のタンパク質とでんぷん質をうまく糊状にまとめて捏ね上げて打つ方法で、余程の職人さんの打ちたて、茹でたてを食べない限り、やはり細かく切れやすいのです。

さて、話をそば湯に戻します。

そば湯


もう、お分かりですね。せっかくの良質のタンパク質や栄養成分が、ゆで湯の中に溶け出すので、蕎麦を食べたあとに、だし汁をそば湯で割っていただくという知恵です。そば通の中には、蕎麦よりこのそば湯がお目当てという方がいらっしゃるというのですからね。

昔の人は、エライですね。このようなことを理屈抜きで経験で感じ取って、生活の中に取り入れていたのですから。しかもそれが面々と今日まで受け継がれて来ているのですから、この文化を継承せずば、昔の人に叱られようというものです。




◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 11:53Comments(0)そばの雑学

2016年10月19日

そばの「赤すね」


久しぶりにそばの雑学。

まずは私が栽培したそばの写真を見ていただきたいと思います。これは8月のお盆過ぎに種を蒔いてから二月あまり経ったころ撮ったものです。



ごらんのとおり、そばの茎はずいぶん曲がりくねっていますね。まるで地を這うかのようです。それと茎の根元が赤みを帯びてるのがわかります。

そばは「そば75日」という言葉があるように、種を蒔いてから発芽も成長もたいへん早い植物で、この鉢植えのそばもすでに茎の先につけた花はすっかり枯れてその根元が黒く結実し始めています。

私の観察したところによれば、結実が進むにしたがって茎の根元はますます赤みを増すようです。そばの産地ではこれをそばの「赤すね」と呼び、このような神秘的な民話が伝わっています。

そば粉の製造メーカー日穀製粉のホームページに九州宮崎地方の民話が紹介されていました。


昔「むぎ」と「そば」の姉妹がおった。
冬の寒い日、老婆が「川を背負って渡してくれ」と頼んだが「むぎ」は断り「そば」一人で渡したそうな。「そば」の足は冷たい水で真っ赤になり今も茎が赤いんじゃ。これを見た神様は「そば」を夏の太陽ですくすく育つようにしてくれたが「むぎ」は冬に踏まれるものにしてしまったとさ。


古来よりこの国の民は米を主食として栽培してきましたが、米や麦と違って収量はそれほど見込めなくとも、荒れてやせた土地でもよく根つき、手間暇をかけなくても実を結ぶ作物として農家で重宝がられてきのがそばでした。

冷害や台風による洪水で米の収穫が見込めない年、山間の荒れた土地に蒔いておいたそばがどれほどこの国の民を救って来たことか。

そんな辛抱強さがよく似合うそばなればこそ、そばの「赤すね」の民話が今日まで語り継がれてきたのでしょう。




◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ
  


Posted by 酒そば本舗店長 at 12:42Comments(0)そばの雑学

2016年07月22日

「キツネ」と「タヌキ」の違いについて考察してみた


商売敵のことを書くのは少々しゃくなのですが、そばやうどんがそれだけ広く食べられて麺好きが多くなれば、私どもにもおこぼれが回ろうというもの。

商売敵とは「マ○ちゃん」で有名な某大手食品メーカーのこと。武田鉄也のコマーシャルをご覧になった方いらっしゃるでしょう。武田鉄也はコマーシャルでこう歌っていますね。

「赤~いキツネに、緑のたぬき♪」と。

赤いキツネはお揚げが入ったうどん。緑のたぬきはかき揚げが入ったそば。私なんかは単純に不思議に思ってしまうのです。何色になるのかは分かりませんが、「どうしてお揚げが入ったそばがないのか?」「かき揚げが入ったうどんが食いたいときはどうする?」と。

さて、このキツネとたぬきの二匹の動物とうどんとそばにのせるネタについて、落語家の林家木久蔵(当時、今は木久扇)さんがお書きになった『昭和下町人情ばなし』(日本放送出版協会)に、おもしろいことが書かれておりました。

木久蔵さんのお師匠さん・先代の林家正蔵さん(今の正蔵さんは、林家三平さんのご長男のこぶ平さんがお継ぎになられましたね)が、天ぷらの揚げカスの噺だけで20分くらいしゃべったという思い出話。

「たぬきそばってものがありますが、蕎麦の上にのってる天カスも、いいネタを揚げた油カスだったら、なんとも言えなく旨いですが・・・。ついでに申し上げますが、たぬきそばのたぬきは、キツネ・たぬきのたぬきじゃなくて、衣ばかりのカスだから"たね・ぬき"っていう意味で、これを縮めた江戸弁でして・・・」


ほぉ~、中身の入っていない衣だけの「たねぬき」が元で、それが変じて「たぬき」になったと。


『蕎麦屋のしきたり』(藤村和夫著 日本放送出版協会)には、昭和25年ごろのこと、「室町の砂場」さんで、「仕舞い蕎麦(看板にしてから、従業員が皆で食べるそばのこと)の時に、もり汁の中に「揚げかす」を入れており、これはこれでおいしいのですが、まさかお客様に「天かす」を差し上げるわけにはいかない。(まだその頃には、「ばくだん」とか「たぬき」はあちこちで売り出されていませんでした。そこで「砂場」さんでは、天ぷらをかき揚げにして、天もりと称してお出ししたと・・・・云々。

このように書かれておりました。


そうすると、たぬきは昭和になってから、現れたのでしょうか?大正、明治もさることながら、天ぷらが食べられるようになったのは、そばと同じ江戸時代の初めころですからね。家康の死因は、鷹狩の合い間に当時上方で流行だした天ぷら、しかも鯛の天ぷらを食べ過ぎたのが、原因と言われておりますね。もっとも、家康は消化器系のがんを患って、その頃にはもう末期であったから、天ぷらが直接の原因ではないという書物もあり、どうもこちらの方が真実のようですが。


何事も無駄にせず、万事リサイクルを徹底していた江戸人は、天ぷらを揚げるときにでる天かすは捨てていたのでしょうか?とっておいてそばやうどんに入れて食べたのでしょうか?

私の想像するに、あくまで蕎麦屋は蕎麦屋、天ぷら屋は天ぷら屋で、横のつながりはなかったと思われます。それもどちらも屋台を担いでの出店が主流で、店を構えての蕎麦屋は、江戸時代の終わりころになって、ようやく出現したといいますから、そば屋にたぬきは出ようがなかったのかも知れません。

さて、ここまで書いてくればもうお気づきでしょうが、今まで書いてきたことは先代の正蔵師匠にしろ砂場さんにしろ東京の話ですね。大阪へ行くとキツネとたぬきの事情が少々違って来るから話がややこしくなる。

実のところ私は、てっきり甘辛く煮てあるうす揚げが入っていると「キツネ」と称し、天ぷらを揚げた時にでる天かす(揚げ玉)が入っていると「たぬき」というものとばかり思っておりました。つまり東京に限らず、うどんでもそばでも「キツネ」もあれば「たぬき」もあると思っていたのです。

私自身いまだに少々混乱しておりますので、整理させていただきたいと思います。つまり東京ではこうですね。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネうどんキツネそば
(天かす) たぬきうどんたぬきそば


ところが、大阪へ行くと、「キツネ」といえば、きつねうどん。「たぬき」といえば、いなりの入ったそば。天かすが入ると、うどんでもそばでも「ハイカラ」と頭につく。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネたぬき
(天かす) ハイカラうどんハイカラそば



私は富山県の高岡市に住んでいるのですが、地理的には北に寄っているとはいうものの丁度関東・関西の真ん中あたりになります。東京へも京都・大阪へもJRを利用して3時間余りで行くことができますね。

そうしますと、キツネとたぬきの名前の化かし合いの件は、当地は東にくみすることになるのでしょうか?少なくとも「ハイカラ」うどんやそばなんていう呼び名、聞いたためしはありませんけれど・・・。

だしもどちらかというと濃い口の関東風になりますが、同じ富山県の中でも高岡市のようにやや西寄りに位置するところは、だしの色も富山市と比べるとはっきりと薄いです。これがお隣の金沢へ参りますと、極端に薄口の京風を思わせるだしになってしまいます。

さらにだしのとり方では、「東の鰹節、西の昆布」といいますが、当地では鰹節と昆布両方混ぜただしのとり方をします。中間ということになるのでしょうか?

皆さんのお住まいの地方では、どんな具をのせてそばやうどんを食べますか?そしてそれを何と呼んでいますか?だしは何からとるでしょう?







◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 12:08Comments(0)そばの雑学

2016年07月03日

蕎麦屋の暖簾



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は、茹でて食べる食品ですから、その麺の状態で
大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されますね。

Cは、便利ですね。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしても、さっと湯がいて熱いだしがあれば、直ぐ食べれますね。
A・Bを茹でたものがCということになりますね。
そして、Aを乾燥したものがBということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」

こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。

お蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、この「生(き)そば」と言う文字と決まっておりますね。

上野池之端にある蓮玉庵の暖簾


写真の暖簾は東京上野池之端の蕎麦屋蓮玉庵さんのの暖簾。老舗の暖簾ともなれば、風にはためく姿も風情の違いを感じさせるものですな。


さて今日では、つなぎ粉も吟味し加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

確かに小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なお蕎麦を出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。



蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ


  


Posted by 酒そば本舗店長 at 08:31Comments(0)そばの雑学

2015年12月28日

蕎麦屋の暖簾



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は、茹でて食べる食品ですから、その麺の状態で
大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されますね。

Cは、便利ですね。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしてもさっと湯がいて熱いだしをかければ直ぐ食べれます。A・Bを茹でたものがC、そして、Aを乾燥したものがBということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」
dinac004-s.gif
こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。

このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。

お蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、この「生(き)そば」と言う文字と決まっておりますね。


つなぎ粉を吟味し、加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

今日では、小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なおそばを出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。



蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。蕎麦を見ると、私も日本に生まれてきてよかったと思わずにはいられません。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ


  


Posted by 酒そば本舗店長 at 10:23Comments(0)そばの雑学

2015年12月28日

蕎麦屋の暖簾



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は、茹でて食べる食品ですから、その麺の状態で
大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されますね。

Cは、便利ですね。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしてもさっと湯がいて熱いだしをかければ直ぐ食べれます。A・Bを茹でたものがC、そして、Aを乾燥したものがBということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」
dinac004-s.gif
こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。

このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。

お蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、この「生(き)そば」と言う文字と決まっておりますね。


つなぎ粉を吟味し、加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

今日では、小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なおそばを出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。



蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。蕎麦を見ると、私も日本に生まれてきてよかったと思わずにはいられません。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ


  


Posted by 酒そば本舗店長 at 10:23Comments(0)そばの雑学

2015年12月17日

そば湯が飲まれる訳


そばとうどんはどこが違うのか?

そんなもの、そばはそば粉で、うどんは小麦粉(うどん粉)で作るに決まっているじゃないか。

ではそば粉と小麦粉は、どう違うか?・・・色が違うでしょう。

じゃあ、色以外でどこが違っているのだろう?
そば屋ではそば湯を出してくれるが、うどん屋で"うどん湯"を出してくれるということないでしょ。

だんだん怪しげな答えになってきましたね。


というわけで、そば粉の栄養成分のうち特にタンパク組成について、小麦粉のそれと比較した資料が手許に入りましたので、これを基にしてご説明したいと思います。

〔日穀製粉(株)研究室の資料です]
タンパク成分 そば粉小麦粉
備 考
アルブミン   12.1%11.1%
水 溶 性
グロブリン  53.8% 3.4%
塩可溶性
グルテニン   21.6%13.6%
プロラミン   11.3%
-
-
低分子  
-
5.3%
-
グリアジン  
-
33.3%
残渣タンパク質
-
33.4%
-


小麦粉の主たるタンパク質は分子が大きく、これを水と練り合わせると、○印のグリアジンとグルテニンが水和することにより、グルテンを形成してさらに大きな分子になるのです。

このグルテンは麩質と呼ばれ、うどんやラーメンのおいしい食感にはなくてはならないものなのです。そう、うどんのコシは、このグルテンが決め手になるのです。

一方そば粉に含まれるタンパク質は比較的低分子で、表からも分かるとおり水に溶けやすいのです。
また、グリアジンが含まれないので、水と捏ね上げてもグルテンが形成されないので生地がつながりにくい。それでつなぎに小麦粉を使って、そばを打つということが編みだされたのです。

これが、二八そばとか五割そばとかいわれる所以なのです。十割そばというのは、この水溶性のタンパク質とでんぷん質をうまく糊状にまとめて捏ね上げて打つ方法で、余程の職人さんの打ちたて、茹でたてを食べない限り、やはり細かく切れやすいのです。

そば湯


さて、話をそば湯に戻します。

もう、お分かりですね。せっかくの良質のタンパク質や栄養成分が、ゆで湯の中に溶け出すので、蕎麦を食べたあとに、だし汁をそば湯で割っていただくという知恵です。そば通の中には、蕎麦よりこのそば湯がお目当てという方がいらっしゃるというのですからね。

昔の人は、エライですね。このようなことを理屈抜きで経験で感じ取って、生活の中に取り入れていたのですから。しかもそれが面々と今日まで受け継がれて来ているのですから、この文化を継承せずば、昔の人に叱られようというものです。




◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ




  


Posted by 酒そば本舗店長 at 11:50Comments(0)そばの雑学

2015年09月10日

「そば」は忌み言葉だった・・・?


皆さんは、忌み言葉ということをご存知でしょうか。

私も、井沢元彦さんの逆説の日本史を読んではじめて知ったことですが、日本人は無意識のうちにこの忌み言葉の文化にどっぷりはまっているというのです。

分かりやすい例をあげれば、歴代の天皇のことを当時の人はどのように呼んだのか?

その答えは、声に発するのさえ恐れ多くて○○天皇などとは決して呼ばなかったと言うのです。呼ぶことさえ忌み嫌うべきことであったのです。後に書物などで○○天皇と著してあるのは、必ずその天皇が崩御してからのことであったと井沢さんは言っておられます。

・・・ナルホド、NHK大河ドラマなどを見ると、ごくごくお側の者だけが「お上」と袖で口をふさぐように発し、それに対して、「みは~であるぞ」などと自分のことを「み」と言わせているのは、時代考証に合致したものなのかなと思います。

また憤死など非業の死を余儀なくされた人物の祟りを非常に恐れたゆえに、社(やしろ)を造り神と崇め、その人物の霊を鎮めようとしたと。菅原道真を祀る北野天満宮しかり、古くは出雲大社の巨大な社殿しかり。

靖国問題をヒステリックなほどに騒ぎ立てる中国と韓国の指導者は、2000年もの昔から培ってきた来た日本人固有の祟りを恐れ、汚れを忌み嫌う文化を正しく理解しているとは思えません。


さて前書きが長くなりました。「蕎麦考」(永友 大 著)よりそばと忌み言葉に関連することをご紹介しましょう。

かって宮中では「そば」も忌み言葉であったと言ったら、読者の皆さんはさぞかし驚かれることでしょう。

その理由は、そばの実の形にあります。そばの実はエジプトのピラミッドを目一杯に小さくした形、そう三角錐の形状をしているのです。その三稜をもった三角(みかど)が帝(みかど)に通じるために、

「今宵の夕餉はそば粥なぞを・・・」

などと女官が言おうものなら一大事で、神社仏閣に帝の安泰を願って祈祷をしなくてはならない・・ってなことにきっとなるんでしょう。

では、どう呼んだか?幸いそばの葉の形が葵の葉に似ていることから、「そば」を「あおい」と呼んだというのですから、う~んと唸ったきり、言葉を失います。


ひょっとすると、葵の紋(徳川幕府)を食べちゃうと言う隠れた意味もあるのかなと思ったりもするのです。さて、果たして本当に "お上" は、「みは葵粥を所望じゃ・・・」などとおっしゃたのでしょうか?


一方、今のようにそばを細く切って食べるようになったのは、江戸時代の初めといいますから、江戸は将軍の街、町人は誰にはばかることなく気軽に

「おぉ~ぅ!そば食っていきなっ!!」

「ありがとうよっ!ごちになっていくぜぃ~!!」

なんて言ったんでしょうね。


下々の身の上といたしましては、江戸の庶民に軍配を上げたくなるのは、仕方のないところでありましょうか。





◆酒そば本舗トップページへ◆


**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 10:06Comments(0)そばの雑学

2015年07月31日

暖簾の文字



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は茹でて食べる食品ですから、その麺の加工された状態で大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されます。

Cは、便利です。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしても、さっと湯がいて熱いだしがあれば、直ぐ食べれます。そしてAを乾燥したものがBということになります。当然ながらA・Bを茹でたものがCということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」

こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。


ところでお蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、提供されるそばがそば粉100%であるかないかに関わらず、「生(き)そば」という文字と決まっているようです。


上野池之端にある蓮玉庵の暖簾


これは上野池之端の蕎麦屋さん蓮玉庵さんの暖簾。老舗の名店ともなると暖簾のはためき方からして違うような気がします。



つなぎ粉を吟味し、加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

今日では、小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なおそばを出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。


蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。蕎麦を見ると、私も日本に生まれてきてよかったと思わずにはいられません。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ


  


Posted by 酒そば本舗店長 at 11:26Comments(0)そばの雑学

2015年06月14日

そば湯が飲まれるわけ


そばとうどんはどこが違うのか?

そんなもの、そばはそば粉で、うどんは小麦粉(うどん粉)で作るにきまっているじゃないか。

ではそば粉と小麦粉は、どう違うか?

・・・色が違うでしょう。じゃあ、色以外でどこが違っているのだろう?
そば屋ではそば湯を出してくれるが、うどん屋で"うどん湯"を出してくれるということないでしょ。

だんだん怪しげな答えになってきましたね。


というわけで、そば粉の栄養成分のうち特にタンパク組成について、小麦粉のそれと比較した資料が手許に入りましたので、これを基にしてご説明したいと思います。

〔日穀製粉(株)研究室の資料です]
タンパク成分 そば粉小麦粉
備 考
アルブミン   12.1%11.1%
水 溶 性
グロブリン  53.8% 3.4%
塩可溶性
グルテニン   21.6%13.6%
プロラミン   11.3%
-
-
低分子  
-
5.3%
-
グリアジン  
-
33.3%
残渣タンパク質
-
33.4%
-


小麦粉の主たるタンパク質は分子が大きく、これを水と練り合わせると、○印のグリアジンとグルテニンが水和することにより、グルテンを形成してさらに大きな分子になるのです。
このグルテンは麩質と呼ばれ、うどんやラーメンのおいしい食感にはなくてはならないものなのです。そう!うどんのコシはこのグルテンが決め手になるのです。

一方そば粉に含まれるタンパク質は比較的低分子で、表からも分かるとおり水に溶けやすいのです。
また、グリアジンが含まれないので、水と捏ね上げてもグルテンが形成されないので生地がつながりにくい。それでつなぎに小麦粉を使って、そばを打つということがあみ出されたのです。

これが、二八そばとか五割そばとかいわれる所以なのです。十割そばというのは、この水溶性のタンパク質とでんぷん質をうまく糊状にまとめて捏ね上げて打つ方法で、余程の職人さんの打ちたて、茹でたてを食べない限り、やはり細かく切れやすいのです。

そば湯


話をそば湯に戻します。
もう、お分かりですね。せっかくの良質のタンパク質や栄養成分が、ゆで湯の中に溶け出すので、蕎麦を食べたあとに、だし汁をそば湯で割っていただくという知恵です。そば通の中には、蕎麦よりこのそば湯がお目当てという方がいらっしゃるというのですからね。

昔の人は、エライですね。このようなことを理屈抜きで経験で感じ取って、生活の中に取り入れていたのですから。しかもそれが面々と今日まで受け継がれて来ているのですから、この文化を継承せずば、昔の人に叱られようというものです。



◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ




  


Posted by 酒そば本舗店長 at 12:21Comments(0)そばの雑学

2015年03月09日

蒸篭もり三すすり半で3500円・・・!?


そば屋にとってはそば粉が命。そば粉が無くては商売になりません。ところがそのそば粉の流通価格が高騰し、そば屋を困らせています。

その原因は日本国内での流通量の約65%~70%を占める中国産玄そば(そばの実)の輸入量の減少にあります。元々そばの原産地は中国内陸部で、それがシルクロードを通じて西はヨーロッパへ、東は朝鮮半島を通じて日本へもたらされた。

そばは米や麦など他の農作物が育たない痩せた荒れた土地でもしっかり根付き、実をつけます。古来よりわが国でも凶作の年、どれだけそばが窮した農民の命を救ったか、古文書をひも解くまでもありません。

そばの原産国である中国の経済発展は目覚しいものがあり、農業技術の進歩もまた例外ではありません。灌漑技術が飛躍的に進んだことにより、今まで作付けが難しかった農地にも、アワ、キビ、高粱といったそばよりはるかに収量の良い農作物を作付けできるようになった。その結果中国におけるそばの生産量が激減しているのです。

日本の大手そば粉製粉メーカーの資料によれば、中国での玄そばの生産量は最大43万トンあったものが、2012年23万トン、2013年9.5万トンと毎年半減していることが、それをよく表しています。中国から日本への玄そばの輸入量が年8~10万トンで推移してきたことを勘案すると、近い将来原料の玄そばの確保すら危ぶまれるという状況といえます。

ウナギの養殖に使われるシラスウナギが激減し、うなぎの蒲焼が食べれなくなる時代が来ると騒がれたのはついこの間のこと。マグロの刺身にしてもしかり。

幸ウナギやマグロと違ってそばの場合は栽培すればいいのですから、食べれなくなるということはないと思いますが、問題はコストです。残念ながら気軽に立ち食いそばで軽く腹ごしらえというようなことは、もしかしたら難しくなるのではないか。

中国がそばを栽培しないというのなら、日本国内で栽培すればいいじゃないか。米が余っているのだから、減反した農地にそばを植えたらどうか?・・・ごもっともなご意見ですね。私もそれを望むものですが、玄そばの反収は米の1/10にも満たないと聞きますから、安定した収量にはつながりません。


そば通に言わせると蒸篭もりのそばは三すすり半で食べるものといいますが、そうすれば蒸篭もり1枚3500円というようなことになる。

果たしてそんな時代が遠からずやって来るのでしょうか?





◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 11:06Comments(0)そばの雑学

2015年01月08日

キツネとたぬきの違いPART2


そば屋のキツネとたぬきの違いについて、昨日は落語の稀代の名人の話をご披露したのでした。「たぬきそばのたぬきは、キツネ・たぬきのたぬきじゃなくて、衣ばかりのカスだから"たね・ぬき"っていう意味で、これを縮めた江戸弁でして・・・」と。

実のところ私は、てっきり甘辛く煮てあるうす揚げが入っていると「キツネ」と称し、天ぷらを揚げた時にでる天かす(揚げ玉)が入っていると、「たぬき」というものとばかり思っておりました。つまり東京に限らず、うどんでもそばでも「キツネ」もあれば「たぬき」もあると思っていたのです。

私自身いまだに少々混乱しておりますので、整理させていただきたいと思います。つまり東京ではこうですね。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネうどんキツネそば
(天かす) たぬきうどんたぬきそば

ところが、大阪へ行くと、「キツネ」といえば、きつねうどん。「たぬき」といえば、いなりの入ったそば。天かすが入ると、うどんでもそばでも「ハイカラ」と頭につく。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネたぬき
(天かす) ハイカラうどんハイカラそば



私は富山県の高岡市に住んでいるのですが、地理的には北に寄っているとはいうものの丁度関東・関西の真ん中あたりになります。東京へも京都・大阪へもJRを利用して3時間余りで行くことができますね。

そうしますと、キツネとたぬきの名前の化かし合いの件は、当地は東にくみすることになるのでしょうか?

だしもどちらかというと濃い口の関東風になりますが、同じ富山県の中でも高岡市のようにやや西寄りに位置するところは、だしの色も富山市と比べるとはっきりと薄いです。これがお隣の金沢へ参りますと、極端に薄口の京風を思わせるだしになってしまいます。

さらにだしのとり方では、「東の鰹節、西の昆布」といいますが、当地では鰹節と昆布両方混ぜただしのとり方をします。中間ということになるのでしょうか?

皆さんのお住まいの地方では、どんな具をのせてそばやうどんを食べますか?そしてそれを何と呼んでいますか?だしは何でとるでしょう?




◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ




  


Posted by 酒そば本舗店長 at 16:58Comments(0)そばの雑学

2015年01月07日

キツネとたぬきの違い


商売敵のことを書くのは少々しゃくなのですが、そばやうどんがそれだけ広く食べられて麺好きが多くなれば、私どもにもおこぼれが回ろうというもの。

商売敵とは「マ○ちゃん」で有名な某大手食品メーカーのこと。武田鉄也のコマーシャルをご覧になった方いらっしゃるでしょう。武田鉄也はコマーシャルでこう歌っていますね。

「赤~いキツネに、緑のたぬき♪」と。

赤いキツネはお揚げが入ったうどん。緑のたぬきはかき揚げが入ったそば。私なんかは単純に不思議に思ってしまうのです。何色になるのかは分かりませんが、「どうしてお揚げが入ったそばがないのか?」「かき揚げが入ったうどんが食いたいときはどうする?」と。

さて、このキツネとたぬきの二匹の動物とうどんとそばにのせるネタについて、落語家の林家木久蔵(当時、今は木久扇)さんがお書きになった『昭和下町人情ばなし』(日本放送出版協会)に、おもしろいことが書かれておりました。

木久蔵さんのお師匠さん・先代の林家正蔵さん(今の正蔵さんは、林家三平さんのご長男のこぶ平さんがお継ぎになられましたね)が、天ぷらの揚げカスの噺だけで20分くらいしゃべったという思い出話。

「たぬきそばってものがありますが、蕎麦の上にのってる天カスも、いいネタを揚げた油カスだったら、なんとも言えなく旨いですが・・・。ついでに申し上げますが、たぬきそばのたぬきは、キツネ・たぬきのたぬきじゃなくて、衣ばかりのカスだから"たね・ぬき"っていう意味で、これを縮めた江戸弁でして・・・」

ほ~、中身の入っていない衣だけの「たねぬき」が元で、それが変じて「たぬき」になったと。


『蕎麦屋のしきたり』(藤村和夫著 日本放送出版協会)には、
昭和25年ごろのこと、「室町の砂場」さんで、「仕舞い蕎麦(看板にしてから、従業員が皆で食べるそばのこと)の時に、もり汁の中に「揚げかす」を入れており、これはこれでおいしいのですが、まさかお客様に「天かす」を差し上げるわけにはいかない。(まだその頃には、「ばくだん」とか「たぬき」はあちこちで売り出されていませんでした。
そこで「砂場」さんでは、天ぷらをかき揚げにして、天もりと称してお出ししたと・・・・云々。

このように書かれておりました。


そうすると、たぬきは昭和になってから、現れたのでしょうか?大正、明治もさることながら、天ぷらが食べられるようになったのは、そばと同じ江戸時代の初めころですからね。家康の死因は、鷹狩の合い間に当時上方で流行だした天ぷら、しかも鯛の天ぷらを食べ過ぎたのが、原因と言われておりますね。もっとも、家康は消化器系のがんを患って、その頃にはもう末期であったから、天ぷらが直接の原因ではないという書物もあり、どうもこちらの方が真実のようですが。


何事も無駄にせず、万事リサイクルを徹底していた江戸人は、天ぷらを揚げるときにでる天かすは捨てていたのでしょうか?とっておいてそばやうどんに入れて食べたのでしょうか?

私の想像するに、あくまで蕎麦屋は蕎麦屋、天ぷら屋は天ぷら屋で、横のつながりはなかったと思われます。それもどちらも屋台を担いでの出店が主流で、店を構えての蕎麦屋は、江戸時代の終わりころになって、ようやく出現したといいますから、そば屋にたぬきも出ようがなかったのかも知れません。


さて、ここまで書いてくればもうお気づきでしょうが、今まで書いてきたことは先代の正蔵師匠にしろ砂場さんにしろ東京の話ですね。大阪へ行くとキツネとたぬきの事情が少々違ってきます。これについては、またの機会に話題にしたいと思っています。・・・お楽しみに♪






◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 06:25Comments(0)そばの雑学

2014年12月27日

年越しそばについて


大晦日にどうしてそばを食べるようになったかと言いますと、いろいろ諸説があるようですが・・・

そばのように、長く(永く)健康でありますようにという意味を込めて食べるようになったとか

金座の金粉や細工かすを集めるのに、練ったそばを用いたことから、そばは金を集めるという意味で、縁起を担いだのだという節

文字通り何かと気ぜわしい年の瀬で、体調を崩しそうになっても、そばは消化もよく、食べやすく、しかもそばの薬効成分が体調を整えてくれるからだとか

いろいろありますがね。
みんなそれぞれ一理ある節ではありますよ。否定はしませんよ。



酒そば本舗店長の節は、いたってシンプル!


そばってうまいからいつでも食べたいだけなんです!


今日はそばの宣伝でした。お許しください。(笑!



◆酒そば本舗トップページへ◆

**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ



  


Posted by 酒そば本舗店長 at 15:48Comments(0)そばの雑学

2014年02月02日

そばと忌み言葉


皆さんは、忌み言葉ということをご存知でしょうか。

私も、井沢元彦さんの逆説の日本史を読んではじめて知ったことですが、日本人は無意識のうちにこの忌み言葉の文化にどっぷりはまっているというのです。

分かりやすい例をあげれば、歴代の天皇のことを当時の人はどのように呼んだのか?

その答えは、声に発するのさえ恐れ多くて○○天皇などとは決して呼ばなかったと言うのです。呼ぶことさえ忌み嫌うべきことであったのです。後に書物などで○○天皇と著してあるのは、必ずその天皇が崩御してからのことであったと井沢さんは言っておられます。

・・・ナルホド、NHK大河ドラマなどを見ると、ごくごくお側の者だけが「お上」と袖で口をふさぐように発し、それに対して、「みは~であるぞ」などと自分のことを「み」と言わせているのは、時代考証に合致したものなのかなと思います。

また憤死など非業の死を余儀なくされた人物の祟りを非常に恐れたゆえに、社(やしろ)を造り神と崇め、その人物の霊を鎮めようとしたと。菅原道真を祀る北野天満宮しかり、古くは出雲大社の巨大な社殿しかり。

靖国問題をヒステリックなほどに騒ぎ立てる中国と韓国の指導者は、2000年もの昔から培ってきた来た日本人固有の祟りを恐れ、汚れを忌み嫌う文化を正しく理解しているとは思えません。


さて前書きが長くなりました。「蕎麦考」(永友 大 著)よりそばと忌み言葉に関連することをご紹介しましょう。

かって宮中では「そば」も忌み言葉であったと言ったら、読者の皆さんはさぞかし驚かれることでしょう。

その理由は、そばの実の形にあります。そばの実はエジプトのピラミッドを目一杯に小さくした形、そう三角錐の形状をしているのです。その三稜をもった三角(みかど)が帝(みかど)に通じるために、

「今宵の夕餉はそば粥なぞを・・・」

などと女官が言おうものなら一大事で、神社仏閣に帝の安泰を願って祈祷をしなくてはならない・・ってなことにきっとなるんでしょう。

では、どう呼んだか?幸いそばの葉の形が葵の葉に似ていることから、「そば」を「あおい」と呼んだというのですから、う~んと唸ったきり、言葉を失います。


ひょっとすると、葵の紋(徳川幕府)を食べちゃうと言う隠れた意味もあるのかなと思ったりもするのです。さて、果たして本当に "お上" は、「みは葵粥を所望じゃ・・・」などとおっしゃたのでしょうか?


一方、今のようにそばを細く切って食べるようになったのは、江戸時代の初めといいますから、江戸は将軍の街、町人は誰にはばかることなく気軽に

「おぉ~ぅ!そば食っていきなっ!!」

「ありがとうよっ!ごちになっていくぜぃ~!!」

なんて言ったんでしょうね。


下々の身の上といたしましては、江戸の庶民に軍配を上げたくなるのは、仕方のないところでありましょうか。




◆酒そば本舗トップページへ◆


**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 13:17Comments(0)そばの雑学

2013年12月15日

"討ち入りそば"はいつ食べるべきか?


毎日曜の日本経済新聞は、さまざまな特集が組まれており読み応えがあります。私は日曜の午前中は、日経を広げて2~3時間過ごすこともあるくらいです。

本日の日経13面「日曜に考える」の「熱風の日本史」は、明治の初期に行われた暦の改革について書かれています。千年以上用いてきた太陰太陽暦から現在の太陽暦(グレゴリオ暦)に変えたのが、明治5年のこと。1872年(明治5年)11月9日、当時の明治政府は、この年の12月3日を1873(明治6)年1月1日とすることを発表し、闇雲ともいえるほどに改暦を急いだ経緯について書かれています。

近代国家の建設と世界から文明国家と認知されるには、太陽暦の採用は必然だったことは言うまでもありませんが、当時鉄道の開業、学制や徴兵令発布などさまざまな改革の実施により、明治政府の財政は破綻寸前に追い込まれており、このことが改暦までの期間が僅か23日という突然の実施につながったというのは、耳に新しいことです。

旧暦では明治6年は閏の年(閏月を間に挟み、1年を13ヶ月とする)にあたり、改暦することによりこの1ヶ月と明治5年の12月の1ヶ月、都合2か月分の人件費をはじめとする政府予算を節約できると、当時の参議大蔵卿であった大隈重信が考えたことがそもそもの発端だというのです。

月の満ち欠けを基準とした太陰暦で生活してきた庶民は、突然の太陽暦採用により大混乱したのは言わずもがな。大陰暦だと毎月1日と月末は新月、15日が満月、その間を月が満ち欠けすると決まっていた。「晦日
(30日)に月が出る」とは、当時絶対にありえないことを例えて言ったものですが、太陽暦になればそれがありうることになり、庶民は「30日に月がいづれば、玉子の四角もあるべし」と嘆いたということです。

その旧暦と新暦のズレは、現代の我々の生活にも及んでいるのは、皆さんご承知のことですね。未だに旧暦で正月をで祝う地方もあるようですが、毎年帰省客で交通が混乱する8月15日を挟むお盆休暇は、依然旧暦のままです。未だに年賀状に「初春のお慶びを申し上げます」と書いたりするのも、考えれば不自然と言えそうです。


ところで昨日12月14日は、赤穂浪士が吉良邸に討ち入って、主君浅野内匠頭の恨みを果たした日といわれていますね。赤穂藩があった地元兵庫県赤穂市では、毎年14日には義士際が執り行われて、師走の風物詩にもなっているそうですが、1702年(元禄15年)12月14日は、現代の暦に換算すると、翌年1703年1月30日となるそうです。

赤穂浪士の討ち入りが、正月気分も抜けた30日に行われたなんて言われても何だかピンと来ませんね。

昨日私は、赤穂浪士を偲んで討ち入りそばをすすったのでありましたが、これでは年が明けての来月30日にもそばを食べなきゃなりませんね。もちろんその間に年越そばも食べなければならないのは言わずもがなですが・・・。

・・・て、結局そばの宣伝かよ!? と言われそうですね。(大爆笑!



◆酒そば本舗トップページへ◆


**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ


  


Posted by 酒そば本舗店長 at 10:37Comments(0)そばの雑学

2012年11月03日

粒と粉


日本では、そばは「そば」または「蕎麦」と書けば、それが何であるか分からぬ人はいないでしょう。
これが、そばの原産地である中国ともなると、ご案内のとおりかの国は漢字の国ですから、土地土地によりいろいろな文字の表し方があるのだそうです。それがまた、土地土地のそばの品種ともからみ合って複雑ったらありゃしない。

蕎、蕎麦、烏麦、花蕎、伏蕎、華麦、落麦、省麦・・・・・
そばはタデ科の植物であり麦とは違うのに、麦と表現しているところが面白いですね。

また、内陸部のチベットやヒマラヤでは古くから苦蕎麦(今、日本でも話題になっている韃靼〈ダッタン〉そば)が栽培されており、このそばと区別するために普通のそばを「甜蕎(てんきょう)」「甜蕎麦(てんきょうばく)」とよんで区別しているのは、興味をひかれます。「甜」は甘いという意味なのですね。
日本で広く栽培されているそばが、甘蕎麦と呼ばれる所以です。

突然ですが、話はフランスに飛びます。
日本テレビ系列「世界マル見え特捜部」のファンの方多くいらっしゃることと思います。当地では毎週月曜夜8時から入ります。ずいぶん前に放映されたものなんですが、フランス人シェフがスタジオに来てクレープを焼いていました。
ゲストが旨い旨いと盛んに食べていましたが、このクレープの生地にそば粉が入っていると楠田さんが言っていたのでちょっと驚きました。何という名前のクレープなのか忘れましたが、フランスのある地方の伝統料理だといっていましたから、昔からあるのでしょうね。
ということは、フランスでもそばが栽培されているのだろうか?・・・と思ったのです。早速調べてみました。
「蕎麦考」(永友 大著)より引用いたします。

やはりフランスでもそばは栽培されているのです。
「 Bre Sarrasin 」日本語読みで「ブレ サラザン」と発音するのでしょうか?「ブレ」は最終的には「ブレッド」に行き着きたくなりますね。そうすると「 Bre 」は小麦を意味することになるのでしょうか。「サラザン」は「サラセン」でしょう。
しからば、サラセンの小麦ということになりますね。
原産国中国からヨーロッパへそばを伝えたのは、サラセンの商人だったのでしょうか。

同じヨーロッパでもドイツ語では、「Buchweizen」、「Buch」はドイツ語で「Buche」のことで、ブナの実のことを指すのだそうです。さすれば、ブナ小麦ということでしょう。
では英語ではどうかというと、これが「Buck Wheat」。後半の「w」で始まる言葉はいづれも小麦を意味しますね。

そばの原産地である中国でもやはり「麦」と表現していることを思えば、洋の東西を問わず、人間の思いつきや発想は同じなのかなと感心してしまいます。
これは、世界の主食は何といっても小麦で、小麦は粉にして食されるものですから、同様にそばもやはり挽いて粉にして食べるということから、 ○○麦と表現するようになったのだと思いますが、読者はいかにお考えになりますか。

日本では、そばは大陸より伝播してこの方、粒のまま煮てお粥のようにして食べていたそうで、粉に挽いても蕎麦掻き(そばがき)のように団子状にして、やはり煮るようにして食した。


今のそばのように細く切って食べるようになったのは、江戸時代になってからというのですから、ちょっと驚きです。
文字こそ中国から伝わったそのまま「蕎麦」と表しますが、長年にわたり粒のまま食していたというのは、これは何といっても日本は瑞穂の国、お米は粉になどせず粒のまま食べますからね、米の影響が大きいのでしょう。

粒食と粉食の文化の違いは、こんなところにも影響しているのですね。

そばっておもしろい!!



◆酒そば本舗トップページへ◆


**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ


  


Posted by 酒そば本舗店長 at 15:00Comments(0)そばの雑学

2012年03月16日

東西境界線上の「駅そば」


本日の日経最終面の文化欄、「駅そば巡礼 旅情すする」という見出しが目にとまりました。
なんと全国1700軒の駅そばを食べ歩き、だしやネギの「境界線」も調査されたというフリーライター鈴木弘毅さんの投稿です。

何しろ子どものころからのそば好き、しかもそばは決まって駅のそばの「そば」と、ダジャレではないとことわりながらも冒頭から軽快なペンさばきで読者を笑わせてくれます。

鈴木さんのこだわりは、鈴木さんの定める「駅そば」の定義からもうかがい知ることができます。

駅の構内に限らず駅から徒歩5分以内に店を構えていること。提供時間が1分から5分であること。一番シンプルなものが400円以内であること。店の作りが調理場が中央にあって、それを囲むように客席が作ってあるシンプルな構造であること等々。

並々ならぬ「駅そば」へのこだわり、ただただ恐れ入るばかりです。

さらに駅そばの「だし」と薬味に使用する「ネギ」についての記述は、日本の地域による食文化の違いを教えてくれるもので、ひじょうに興味深いものがあります。東のかつお、西の昆布というだしについての東西の線引きは、東海道線では岐阜大垣駅までがかつお、滋賀県米原駅まで行くと完全に昆布ということでした。北陸線での境界は富山駅。構内に2軒ある店のうち1軒はかつお、もう1軒は昆布だということです。

ネギについては、東は白ネギ、西は青ネギと言われていますが、その境界はというと、静岡県の熱海駅までが白ネギ、三島駅から西は青ネギだということです。だしは東の静岡県でありながら、ネギはその静岡県でも西と東に分かれているというのは、ひじょうに 興味深いですね。


私は富山県でも西部に位置する高岡市に住んでいますので、鈴木さんのいう駅そばのだしの境界線やや西側圏になりますか。当地では、かつおも昆布も使ってだしをとっているようですが、富山のだしと比べると確かに色はずいぶん薄いです。しかしお隣石川県金沢で食べる駅そばは、高岡のものよりずっと京風のだしで、富山のだしと比べるとまるで色がついていないようにさえ思えるほどの薄い色です。

ちなみにネギは完璧に白ネギですから、富山県では静岡県とは逆で、ネギは東であるのに、だしが東西混在していることになりますね。

富山駅の構内でも駅そばを食べた経験はありますが、さすがに駅そばのはしごはしませんので、鈴木さんのような東西のだしの違いに気づくようなことはありませんでした。今度富山駅へ行って検証してみようと思っていますが、現在富山駅は北陸新幹線開通に伴う大改修工事を行っている最中なので、構内の駅そばはどうなっているか分かりません。

新幹線が開通し装い新たになった富山駅でもかの駅そばが2軒とも店を開いていますように・・・。

そのときは、薬味のネギはともに白ネギでも、東西の違っただしの「駅そば」を必ずはしごして、鈴木さんのように「旅情をすすりたい」と思っています。



◆酒そば本舗トップページへ◆


**貴方の共感できる生き方がきっとある**
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 生き方へ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 11:40Comments(0)そばの雑学

2009年04月02日

そばは忌み言葉だった!?


皆さんは、『忌み言葉』ということをご存知でしょうか。
私も、井沢元彦さんの逆説の日本史を読んではじめて知ったことですが、日本人は無意識のうちにこの忌み言葉の文化にどっぷりはまっているというのです。
分かりやすい例を挙げれば、歴代の天皇のことを当時の人々はどのように呼んだのか?
その答えは、声に発するのさえ恐れ多くて○○天皇などとは決して呼ばなかったと言うのであります。
呼ぶことさえ忌み嫌うべきことであったのです。後に書物などで○○天皇と著してあるのは、必ずその天皇が崩御してからのことであると井沢さんは言っておられます。

・・・ナルホド!NHK大河ドラマなどを見ると、ごくごくお側の者だけが「お上」と袖で口をふさぐように発し、それに対して、「みは~であるぞ」などと自分のことを「み」と言わせているのは、時代考証に合致したものなのかなと思います。

黒き三稜をもったそばの実

前書きが長くなりました。
「蕎麦考」(永友 大著)よりそばと忌み言葉に関連することをご紹介しましょう。
かって宮中では「そば」も忌み言葉であったと言ったら、読者の皆さんは、さぞかし驚かれることでしょう。
その理由は、そばの実の形にあります。そばの実はエジプトのピラミッドを目一杯に小さくした形、そう三角錐の形状をしているのです。その三稜をもった三角(みかど)が帝(みかど)に通じるために、

「今宵の夕餉はそば粥なぞを・・・」

などと女官が言おうものなら一大事で、神社仏閣に帝の安泰を願って祈祷をしなくてはならない・・・ってなことにきっとなったのでしょう。

葵に似たそばの葉と結実したそばの実

では、どう呼んだか?
幸いそばの葉の形が葵のそれに似ていることから、「そば」を「あおい」と呼んだというのですから、エライというかナントいうか・・・!!
ひょっとすると、葵の紋(徳川幕府)を食べちゃうと言う隠れた意味もあるのかなと思ったりもするのです。

さて、果たして本当に”お上”は、「みは葵粥を所望じゃ・・・」などとおっしゃたのでしょうか?

一方、今のようにそばを細く切って食べるようになったのは、江戸時代の初めころといいますから、江戸は将軍公方様の街、町人は誰にはばかることなく気軽に

「おぉ~ぅ!そば食ってきなっ!!」
「そいつはありがてぇ~、ごちになるぜぇ~・・・」

なんて言ったんでしょうね。


下々の身の上といたしましては、江戸の庶民に軍配を挙げたくなるのは、仕方のないところでありましょうか。



酒そば本舗トップページへ

  


Posted by 酒そば本舗店長 at 16:10Comments(0)そばの雑学

2009年03月28日

そばの食べ方

[PART1]
そばが今のように細長く切られて食べられるようになったのは、以外に新しくて、江戸時代のはじめごろ。新しい食べ物"そば切り"が、当時の江戸で大流行したそうです。
これに関連して江戸っ子気質をよく表しているたとえ話を本で読みました。
これが大変面白い!!
威勢よく暖簾をかきわけて入ってきた男が、「もりを一枚、急いどくれっ!」って注文する。
蕎麦屋の主(あるじ)も心得たもので、さっと出す。
ずるずる、ずるずる、ずるずるっ、ずるっと三口半でそばをすすり終えると、
「勘定はここに置いとくぜぃ!」って言葉を残してさっと表へ飛び出していった。
当時の江戸っ子はせっかちで、見てくれのかっこよさ、気風のよさが身上で、ゆっくりしたのが性に合わない。
でもそれがために痛い目に合うってこともずいぶんあったようです。
長屋のご隠居さんが、最後に本音を言って愚痴ったという落語の噺、ご存知ですよね。
これも負けず劣らず面白い!
臨終まぎわのご隠居に何か言い残しておくことはないか、と問いただしたら
「最後に一度でいいから、つゆをたっぷりつけて蕎麦を食いたかった・・・」
そばの食べ方は人それぞれ、その人がおいしいと思う食べ方が一番おいしいのではないでしょうか。ちなみに私は、たっぷりとつゆをつけて食べる派です。

[PART2]
そばにたっぷりとつゆをつけて食べる派をハッキリと宣言した私としましては、甘んじてご批判を受ける覚悟はできております。しかも、つゆは甘めの濃いめが好きなのでございますよ。
(うっ!・・・言っちゃった!!)
なんてヤツだ!そんなやぼったいそばの食い方あるものか!?
そんなにたっぷりつゆをつけたら、そばの香りが死んじまわぁ~!!
俺なんざぁ~、最初のひとすすりはつゆなしでぇ~!!
そばは噛むもんじゃねぇ!呑み込むもんだ!のどで味わうものですよ!!

・・・たいそうキビシイお声が聞こえてまいりますなぁ~。。。
確かにPART1で話題にした江戸っ子のいなせなお兄さん、かっこいいですよねぇ~。
「勘定ここに置いとくぜぃ!」・・って、一度は言ってみたいセリフですよね。
でも、わたしの場合には、「あっ!お客さん!お客さん!!これじゃ勘定足りませよん!!」・・ってなことになりそうで、二の足を踏んでしまうのです。

[PART3]
PART2で話題にしたごとく、ご批判がかくもあまたにあると言うことは、やはりそばの先にほんの少しつけてすする派が、正統派と言えるのでしょうか?
つゆをたっぷりつけて食べる派をハッキリ宣言してはみたものの、雲行きの悪さに、少なからず不安にかられるのであります。
しかし、忽然と思い出したのであります。強い見方がいらっしゃったことを!
将棋を指さない人でも、大山康晴十五世名人のお名前だけは、お聞きになったことはあるでしょう。そう!この不世不出の大名人が、実はつゆをたっぷりつけて食べる派だったという逸話を かって将棋雑誌で読んだことがありました。
もう30数年ぐらいも前のことになろうかと思います。
大名人にもようやく陰りが忍び寄ってきて、中原さんにその地位を明け渡さんとしていた頃に書かれた記事であったと記憶しています。
話はこうです。そこから更にさかのぼること10数年、名人の全盛期のころの逸話のひとつ。
名人と当時A級八段(確か後の将棋連盟会長丸田祐三九段であったと記憶しているのですが・・・)が、若い記者と連れ立って蕎麦屋に立ち寄った。
そばを注文して注文のそばが出されるまで、丸田八段がそばの正統派の食べ方について、若い記者に講釈をしたというのです。
名人は目を細めてその話に聞き入っていたそうですが、そばが来て食べる段になると、これ見よがしに丸田八段の目の前で、そばにたっぷりとつゆをつけて口に運んだ・・・というのです。
棋士は商売柄自己主張が大変に強く、相手に迎合することを嫌う。盤上はもちろんのこと盤外でもいったん言い出したらあとに退かない・・・こういった棋士気質について書かれた記事だったと記憶しているのですが、さすがは大名人、並の人には真似のできないことですよね。
はたして本当に大山名人は、たっぷりとつゆをつけて食べる派だったのでしょうか?残念なことに故人になられて久しいので、お聞きすることもかないません。

一歩千金より一攫千金を狙いたいのが人情か・・・?


これもまた私ごときにはかなわぬことですが、森内名人と羽生四冠にもお聞きしてみたいですね。でも結果は分かっています。一方がすする派なら、もう一方はたっぷり派に違いありません。
ちなみに私も将棋を指しますが、悲しいことに・・・・頭に金を置かれるまで自玉の詰みに気がつかない・・・といったレベルなのですよ。
金底の歩は岩よりも固いそうですが、玉頭の金は岩よりも重かったのであります・・・(涙!

[PART4]
日本を代表する明治の文豪といえば、漱石と鴎外ということになりましょう。
今回はその漱石より題材をとってみたいと思うのです。
PART3では、大名人を無理やり引っ張り出して、つゆをたっぷりつけて食べる派にしてしまった手前、つゆをほんの少しつけてすする派にも著名人を紹介しなければ、片手落ちというものでしょう。
そこで漱石の登場となります。いや正確には漱石の著した「猫」、そう「我輩は猫である」の迷亭先生にご登場いただこうと思うのです。
高校生の頃は、漱石と鴎外の作品を意味もよく分からないままに無理やり読まされたものです。・・・そのわりには、よく覚えていたものですなぁ~。
迷亭先生だったかクシャミ先生だったか記憶が定かでなっかたので、図書館へ出向いて調べてまいりました。
ありました!ありました!!迷亭先生がナントそばの食い方の講釈をしているではありませんか。

「この長いやつへツユを三分一つけて、一口に飲んでしまうんだね。噛んじゃいけない。噛んじゃ蕎麦の味がなくなる。つるつると咽喉を滑り込むところがねうちだよ。」

「奥さん、ざるは大抵三口半か四口で食うんですね。それより手数をかけちゃ旨くくえませんよ。」
(仮名づかいは読みやすいように変えてあります)

はたして漱石は、すする派だったのでしょうか?
それともたっぷり派だったのでしょうか?・・・そして鴎外は?

でも漱石は、若い時から胃潰瘍の持病持ちであったというではありませんか。
さすれば、たっぷりとつゆをつけて食べる派の私としましては、そばといえどもよく噛んで食するにこしたことはないと思うのであります。

[PART5]
我ながらよくもまぁ~取るに足らないことを話題にして、4回(今回も入れると5回)もつまらぬことを書いたものだと思います。
読者の皆さんは、そばの食い方なんぞどうでもいいだろうよ・・・と、さぞかしあきれかえっておられることでしょうね。
この調子だと、とどまるところを知らないまま際限なくこのテーマで書き続けそうな気がしますので、いったんこのテーマに関しては筆をおくことに致しましょう。
ただ、そば切りとしてそばが一般大衆に広く食べられるようになった江戸時代の初めより今日にいたるまで、結論が得られぬまま論じられてきたという一点だけは、間違いのないことであります。
さしずめ、うまいものはうまく食いたいという、我がまま極まりない人間のなせる業・・・とでも言葉を濁して、たっぷりとつゆをつけて食べる派の私としましての結論とさせていただきましょう。




酒そば本舗トップページへ


  


Posted by 酒そば本舗店長 at 11:50Comments(0)そばの雑学

2009年03月26日

酒中の仙人


李 白 一 斗 詩 百 篇

当店のそばは、呼んで字のごとく「酒そば」、そこでお酒にまつわることも話題にしたいと思うのです。
李白、杜甫、白楽天と言えば中国唐代の三大詩人。今さら言うに及びません。
読者の皆さんは、この三大詩人がいずれ劣らぬ大酒飲みであったということをご存知でしたでしょうか。
確か高校生の時漢文の時間に、先生が授業もそっちのけで話してくれたことをいまだによく覚えています。当の漢文の先生もきっと酒好きだったのに違いないと、先生のことを懐かしく思い出だすのです。

内容については、歴史と文学としての解釈に関係することなので、正確をきして読者にご案内しなければと思い、図書館へ行って調べ直してまいりました。
どう読んで、どう解釈したらいいのか分からない漢字ばかり並べられた文をうんうん唸って読むつらさったら、二日酔いの朝なんて、つらさのうちに入りませんよ。そこで、「中国古典詩聚花 美酒と宴遊」(山之内正彦、成瀬哲生共著)に、三人の飲みっぷりについて詳しく書いてありましたので、しっかり勉強してまいりました。
しかし、エライ先生がいらっしゃるものですね。三人の残した酒の歌から、飲みっぷりまで分かっちゃうなんて・・・

私の好きな白楽天は、自ら酔吟先生と称して酒をこよなく愛した。
比較的少量の酒で陶然と酔うことができたといいます。(私の場合は、当然と酔ってしまいますがね・・・!?!?)
酔うことに心の平安を求めたのが白楽天。理性派といえましょう。

杜甫はどちらかと言えば、分かりやすく言うところのヤケ酒派。
飲めば飲むほど心の平安は向こうに追いやられてしまう。ヤケ酒を飲んでもなお酔いきれない。酔っぱらってもあくまでこの世の人であろうとしたのが、杜甫の飲み方。
苦悩派とでも言うのでしょうか。これはこれで、また凡人にはまねのできない飲み方ですよね。

李白は、杜甫がその飲みっぷりを仙人だと言ったぐらいですから、飲めば飲むほど世俗を忘れ、酔郷をさまようことができたというではありませんか。
超越派というのでしょうね。(うらやましい・・・)
李白の飲みっぷりを仙人のようだと杜甫が詠んだ詩「飲中八仙歌」より、李白の部分を抜粋してお届けします。

     李 白 一 斗 詩 百 篇

     長 安 市 上 酒 家 眠

     天 子 呼 来 不 上 船

     自 称 臣 是 酒 中 仙

酒を一斗飲む間に詩を百篇作っちゃうというのもスゴイですけど、
天子の招きがあっても、「酒中の仙人に何の御用でしょうか、もう少し酔っぱらっていたいのです。またにしてください。」ってカッコ良すぎますよね~!


酒そば本舗トップページへ
  


Posted by 酒そば本舗店長 at 17:48Comments(0)そばの雑学

2009年03月24日

月明蕎麦花如雪


白楽天は月明に照らされた蕎麦の花をどのような気持ちで眺めたのでしょうか?

今日は、私の好きな漢詩を紹介させてください。

  月 独 村 霜
  明 出 南 草
  蕎 門 村 蒼  
  麦 前 北 蒼
  花 望 行 蟲  
  如 野 人 切
  雪 田 絶 切

  
最後の節は、
「月明らかにして蕎麦(きょうばく)花雪の如し」
と読むんだそうです。
「きょうばく」の響きが、何とも心地よいですね。

この詩は、唐代の白楽天が長安より故郷に帰ったとき(811年)の作と伝えられています。
白楽天といえども人の子、郷里に帰った安心感・安堵感が行間にうかがえますね。その一方で、都での志が叶わぬままに郷里にもどった失望感が、詠わせた詩だともとれます。

今をさかのぼること1200年、白楽天は月明に照らされた蕎麦の花をどのような気持ちで眺めたのでしょうか?


酒そば本舗トップページへ
  


Posted by 酒そば本舗店長 at 17:05Comments(0)そばの雑学