★今街で噂の★酒そばとはこんなそば 酒そばってこんなそば

通常そばを練るときには、水を使用するのですが、その水のかわりに「お酒」を使って練ったのが、 当店自慢の酒そばです!

お酒は富山で人気の地酒を使っています!
お酒の風味と香りが、 そば本来の風味と香りにからみあい、今までにないおいしいおそばができあがりました!

そば通、お酒通と呼ばれる方の中には、そばを食べ終わった後に
「残ったそばつゆに酒を少し足して飲む」のが最大の楽しみといいますよね。
まさしくお酒好きの方には、もう「たまりませ~ん!」っておいしさです♪

でも、お酒の苦手な方でもご安心くださいね! アルコール成分はそばを茹でた時にほとんど飛んじゃいますから、 お子様でも安心して食べられますよ!
(※但し、アルコールに弱い体質の方や小さなお子様はご注意ください。)


酒そばをゆでた後の蕎麦湯はえもいわれぬおいしさそばを茹でたあとのそば湯は ほのかなお酒の香りと旨味がでており、 それはそれはえもいわれぬおいしさ!
そばのお味から、香り、はたまたそば湯まで、 全てがたまらなぁ~いのが酒そばです♪

いつもの「そば」とは違う、ちょっとリッチなひと時を「酒そば」でお楽しみください♪


★これは珍しい!ひそかな噂を呼んでいる★こだわり酒そばこだわり酒そば

当店売れ筋NO1がこの「こだわり酒そば」です!


「こだわり酒そば」は、その名のとおり、
原材料にこだわり、厳選した、国産の原材料を使用しています!

そば畑■こだわり・その1:そば粉■
そば粉は、日本有数のそば処信州・安曇野(あずみの)産のそば粉を、 石臼にて、丁寧に、丁寧に、粗挽きしたものを使用しています。

北アルプス山麓長野県安曇野市一帯の地域は、 名水百選「安曇野わさび田湧水群」で知られる日本有数の名水の土地です。

清らかでミネラルが豊富な水によって、味も香りも素晴らしいそばが育まれます。


豊かな大地が育む小麦畑■こだわり・その2:製法
このそばの味と香りを最大限引き出すため、 製法にもこだわっています♪

そばの実を製粉する際、これまでの方法ですと、 機械製粉のためかなりの熱が発生し、 そば本来の香りが失われてしまいます。
昔ながらの石臼を使ってゆっくりと、丁寧に、丁寧に、挽くことによって、 そばの実の甘皮と呼ばれる部分をも一緒に挽きくるんだ、 そば本来の香り一杯の粗引きの「そば粉」にしています。

■こだわり・その3:小麦粉
小麦粉は北海道の大地が、育んだ小麦粉を使用しています!
北海道産小麦の特徴は、風味がよく、 その豊で広大な大陸同様、豊かな味わいを大切にし、そばの風味を最大限に生かす粉です。


富山県高岡市雨晴海岸より望む立山連峰■こだわり・その4:お酒
地元富山で人気の地酒を使用しています。

富山県は、三方を北アルプス立山連峰などの、山岳地帯に囲まれており、 中央には実り豊かな平野が広がっています。

富山湾、日本海へと開けている天然の巨大ダムともいえる山々からは、 一年を通じて豊かで、清らかな水が生まれるんです!
豊かな大地と清らかな水に育まれた米どころ富山は、日本でも有数の酒どころでもあります。

酒そば本舗の酒そばは、富山で人気の地酒を使用しています。

2022年05月03日

そばと落語PART2「そば羽織」


そばが今のように細く切られて食べられようになったのは江戸時代の初めころのこと。新しいもの好きの江戸の街で、当時そば切りと呼ばれたそばは大人気の食べ物であったとか。ではそれまでそばはどのようにして食べられていたかというと、むき実のまま煮てお粥のようにして食されていたということです。これは何といっても日本は瑞穂の国、米の影響が大きかったということでしょう。米は挽いて粉になどはせず、粒のまま煮たり炊いたりして食べますからね。

そば切りが食べられるようになった当時の江戸の街で、もう一つ江戸の町民に人気があったのが落語。ご承知のように落語はオチが命。機知にとんだオチ(サゲともいう)で噺が結ばれる。オチがあるから「落とし噺」、ゆえに「落語」と呼ばれるようになったのが、やはり江戸時代の初めごろのことといいます。

新しいもの好きの江戸人は寄席に入って落語を聞いたあと屋台の蕎麦屋に立ち寄って、一杯ひっかけつつそばをすするのを何よりの楽しみにしたのでしょう。

落語がお好きな方はご存じでしょうが、落語にはそばが出て来る噺が多くありますね。そば道を極めるには落語についても知識を深めることが求められるのではないかと考えました。昨日は有名な「時そば」をご紹介しましたが、今日は「そば羽織」。どうしてもそばの大食い競争の懸けに勝ちたかった大食いの清兵衛が出てきます。

うわばみが人を飲み込んだ後に、「蛇吟草」という野草を舐めると、たちまちのうちに膨らんだ蛇の腹がへこんだという。ひそかにその「蛇吟草」を携えて大食い競争にのぞんだ清兵衛。そばを腹いっぱい食って、その「蛇吟草」をひとなめ。またそばを食おうとすると清兵衛がたちまちのうちに消えて、そばが羽織を着て座っていたというオチ。

話のオチまで書いてしまうとはなにごとだと、お叱りを頂戴しそうですが、皆さんご存じの落語だから、お許しください。

でもたとえこうやって最後のオチまで書いてしまっても、文字にしてしまえば実にくだらぬ話。「ふふん」と一笑にふしてしまいそうです。しかし、これが志ん朝や談志が高座で演ずるとなると、笑いもさることながら、「う~ん」とうなったきり、しばらく席を立つことさえままならなくなる。志ん朝や談志はすでに鬼籍に入られて久しいですから、今となっては生で噺を聞くというわけにはいきません。誠に残念なことであります。

いったい落語にはそばが出て来る噺はいくつくらいあるのでしょうか。落語もまた細くて長いそば同様、奥が深そうです。





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2022年04月26日

「二八そば」


「そば」について語ろうとするとき、どうしても「二八そば」を省略することは出来ませんね。
なぜ「そば」の頭に「二八」とつくのか。所説いろいろある中で、そば粉とつなぎの小麦粉の比率からきているというものと、当時のそばの値段十六文からきているというものが最も有力であろうことは、素人目に見ても容易に想像できます。

まず、そば粉とつなぎ粉の比率節から。
『蕎麦辞典』(植原路郎著 東京堂出版)によれば、「つなぎに小麦粉を用いることを知ったのは、寛永年間奈良東大寺へ来た朝鮮の僧侶元珍という説がある」と書いてあります。それまでは、生粉(そば粉だけのことをさす)で打っていたと思われます。

「小麦粉はそば粉よりも原価が高かったという今日とは逆の現象だったので、小麦粉の使用に考えが及ばなかったのであろう」とも書かれています。日ごろ麺の製造に携わっている私から見ても、なるほどもっともなこととうなずけます。

さて寛永年間といえば、1624年から1644年までの20年間。家康が江戸に幕府を開いたのが1603年、秀忠に将軍を譲り駿府に隠居したのが1605年のこと。その秀忠のあとを受けて家光が三代将軍についたのが1623年。それから1653年までが家光の時代ですから、まさに家康から三代経て、もはや徳川に弓槍を向ける者がいなくなった時代に、広くそばが食べられるようになったことがうかがえます。

需要が増加すれば供給を増やさなければならないのは、江戸時代にあっても経済の大原則。そば粉だけで打つそばは、どうしても生地がつながりにくくボソボソと切れやすい。小麦粉をつなぎに用いれば、小麦粉のグルテンの作用でしっかりとつながる生地になる。生産効率の面からも見ても理にかなった打ち方と言えるわけです。

そこで小麦粉二、そば粉八の割合でそばを打つと、上手に打てる。これが「二八そば」と呼ばれる所以というわけです。

ところが「二八」という文言は、そばだけに限らずうどんにも使われており、「二八うどん」というものがあったという文献も散見されるということですから、小麦粉だけを使って打つうどんのことを考えると、そば粉とつなぎ粉の比率説は、根拠を失ってしまう。

やはり、「二八の十六文」の値段説ということになるのでしょうか?




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2022年04月16日

蕎麦屋のお品書きからPART6


「月見そば」「天ぷらそば」「鴨南蛮そば」と見てきました。さらには「にしんそば」「おかめそば」も調べてみました。

こうやって見て来ると、「〇〇そば」といったそばは、そばの上にのせる具材を組み合わせた名称だということがわかりますね。ほかにどんな組み合わせのそばがあるのだろうと、調べてみました。

にしんがあるならうなぎがあってもいいだろう。うなぎがあればアナゴもよく似た姿かたちをしている。少し小さくて細いけどドジョウだって馴染みのある魚ですよね。馴染みのある魚なら、イワシやサンマはどうなんだということになりませんか。

私は今あげた魚なら、魚として単独で食べることはよくありますよ。しかし、そばと一緒に食べたことがあるのは、「にしんそば」だけですけれど・・・。

そこで『蕎麦辞典』(植原路郎著 東京堂出版)を調べてみると、なんと驚くことなかれ、先にあげた魚の名前が頭につく「〇〇そば」がすべて載っています。

「うなぎ」と「あなご」は皆さん想像するとおり、開いた切り身を煮たり焼いたりしたものをそばに添えて、「うなぎそば」「あなごそば」と名付けた。これは比較的わかりやすい。ところが「いわし」と「さんま」は、甘辛く煮られてもいないし、焼かれてもいない。どうされているのかといえば、どちらも脂の強い魚だからよく脂抜きをして、骨を丁寧に抜いた後すりつぶしたものをそば粉に混ぜて、山芋などをつなぎにして打ったそばだというのです。種もののそばではなく、そばそのものというわけです。

そうそう、「どじょう」を忘れていましたね。「どじょうそば」とはいかなるそばかといえば、これが「どじょうくらいの太さと長さにそばを切って、味噌で煮込んだもの」というのですから、「いわし」や「さんま」以上に驚かされます。ここで皆さん、童謡「どんぐりころころ」の歌詞を思い出してください。

「どじょうそば」には、魚としてのどじょうは具材としてもそばの生地にもまったく使われていませんが、味噌仕立ての汁の中から、

「どじょうが出てきてこんにちは♪」

となるわけです。なんとも楽しいそうなそばですね。(笑!






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2022年04月10日

蕎麦屋のお品書きからPART5


「月見そば」「天ぷらそば」「鴨南蛮そば」と見てきました。昨日は「にしんそば」も調べてみました。今日は「おかめそば」にしましょうかね。


「おかめ」は古くから日本に伝わる仮面のひとつ。丸顔におちょぼ口、低い団子鼻がちょんと真ん中についていて、ふっくら膨らんだ両の頬に赤い頬紅をさしている。
この仮面をそばが盛ってある丼の中で食材を用いて再現したのが「おかめそば」。

『蕎麦辞典』(植原路郎著 東京堂出版)には、「おかめそば」が挿絵付きで紹介されています。目で見るとなるほど、「おかめ」とよくわかります。「蝶形に真ん中を結んだ湯葉を両の目、鼻は三つ葉(または松茸)で、蒲鉾を頬に、口は椎茸が基本」と説明してあります。

幕末のころ、「上野池之端に近い七軒町のはずれに太田屋という蕎麦屋があり、そこの何代目かが創案したもの」と書かれているところをみると、「おかめそば」もまた「天ぷらそば」と同じように、比較的新しい種物のそばであることがわかります。







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2022年04月09日

蕎麦屋のお品書きからPART4


「月見そば」「天ぷらそば」「鴨南蛮そば」と見てきました。そこで今日は「にしんそば」。

「にしんそば」は、かけそばの上に身欠きニシンの甘露煮をのせたものと言ってしまえば簡単そのもの。主に北海道や京都府の名物料理です。

かってニシンで御殿が立ったと言われた北海道で、さかんに振舞われるというのは理解できますが、京都まで飛んでしまうのは腑に落ちかねます。しかしこれは北前船のことを思いだせば、すぐに納得できるというもの。

北海道で豊富に獲れるニシンや昆布などの海産物は、北前舩に積まれて天下の台所大阪へ送られた。一方海から離れた京に住む人々は、新鮮な魚を口にする機会にはなかなか恵まれない。大阪から淀川をのぼって運ばれてくる身欠きニシンは、貴重な魚として重宝されたことは想像に難くありません。若狭から送られてくる塩サバにしても、この身欠きニシンにしても、日持ちのする塩干物。これを上手に使ったことがうかがえます。

これらを利用したバッテラと呼ばれるサバの棒寿司や、この身欠きニシンの甘露煮には、昔の人があみ出した巧みな調理法が凝縮されているといえましょう。

「蕎麦辞典 (東京堂出版 植原路郎/著)にも「海に縁のない京の地で、鰊に目をつけたのは知恵である」と書かれています。






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2022年04月08日

蕎麦屋のお品書きからPART3


蕎麦屋のお品書きから、「天ぷらそば」「月見そば」を取り上げました。さて、今日は「鴨南蛮そば」。

動物の肉を食べることを嫌った当時の人たちも、鳥肉となると話は別。キジ、ヤマドリ、ツグミ、カモ等は好んで食べた。ツルまでも食されたというのですから、現代の我われからすればちょっと信じ難いですね。もっともツルの肉は、鳥の中でも最高級の食べ物とされ、吸い物にして将軍に献じられたといいます。どうも口にできた人は限られていたようです。


そこで鴨肉をそばと一緒に食べようというのはわかるとしても、そのあとに続く「南蛮」てなに?と、首を傾げる方多いのではないでしょうか。

私らは子どものころ、大人がトウガラシのことを「ナンバ」と呼んでいたのを聞いて育ちましたから、蕎麦屋でそばに入れる七味唐辛子のことを「ナンバ(南蛮)」というのだろうと自分なりに解釈し、一人合点をしていました。でもよくよく考えてみればちょっとおかしいな。七味唐辛子をかけるのは、別段「鴨南蛮そば」に限ったことではない。「かけそば」にだってかけるだろうと、思い直してみたりしたものでした。

結論から言いますと、少年(←私のことです)が想像した「トウガラシ」は、あながち間違ってはいなかった。唐辛子もそうですがネギも当時南蛮と呼ばれた南方より伝来した食べ物となる植物。「鴨南蛮そば」には、適当な長さに切って素焼きにしたネギが数本入っていますよね。

う~む、昔の人は洒落ていますね。ネギを南蛮と呼ばせて、甘辛く煮た鴨肉と一緒にそばに添えた。「鴨焼ネギそば」なんていわれた日には、ちっとも美味しそうに響きませんから不思議です。






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2022年04月06日

蕎麦屋のお品書きからPART2


昨日は蕎麦屋のお品書きから月見そばを取り上げました。
今日は「天ぷら」。

私は時の宰相がもはや戦後ではないと言い、この国が高度経済成長の坂をいっきに駆け昇ろうとしていたころ小学校に通った世代ですが、そのころ日本にやって来た外国人は、皆「フジヤマ、テンプラ、ゲイシャガール」と口を揃えて言ったものです。

今は「ソバ、スシ、アニメマンガ」になるのだそうですが、アニメマンガはさておき、寿司やそばをおいしいと思ってくれるのは、うれしい限りです。

あっ、話題がそれてしまいました。外国人が日本と聞けば何を連想するかを取り上げているのではありませんでした。蕎麦屋のお品書きについて調べているのでした。話を「天ぷらそば」に戻します。

さて日本と聞けば「天ぷら」と外国人が答えるように、天ぷらは日本独特の食べ物に違いありません。しかし、その歴史をたどると、意外に新しい食べ物であることがわかります。

天ぷらが食べられるようになったのは、江戸時代になってから。家康が鷹狩に出た折の昼食に、当時上方(大阪)で流行り出した天ぷらを食べたという記録が残っています。ちなみにこの時に家康が食べた天ぷらは鯛を揚げたもの。あまりの美味しさにあの家康としたことが食べ過ぎて腹を下し、それから床につきがちの生活を余儀なくされたということです。

ところでそばが今日のように細く切られて食べられるようになったのも、江戸時代の始めころのこと。当時は「そば切り」と呼ばれ、江戸の街で大流行したそうです。
「そば」と「天ぷら」、奇しくも千両役者二人がそろって舞台に上がって脚光を浴びたかのようではありませんか。

しかし、あくまでそばはそば、天ぷらは天ぷらというように、別々に食べられていた。なぜかと言えば、当時の蕎麦屋にしても天ぷら屋にしても、店は屋台を担いでの出店。屋台の限られたスペースで、そばをゆでてだしを取り、別の七輪の火で天ぷらも揚げて、それに酒をくれなんていう客には、酒の燗もつけなければならない。おやじひとりで切り盛りする屋台の蕎麦屋では、とてもできない相談というわけです。

ですから、天ぷらそばが食べられるようになったのは、蕎麦屋が店舗を構えて商いをするようになってからのこと。江戸時代の終わりころのことといいますから、「天ぷらそば」は、そばの中でもずいぶん新しい食べ物ということになるのです。





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2022年04月05日

蕎麦屋のお品書きからPART1


読者の皆さんにお尋ねします。貴方は普段どんなそばをお召し上がりになりますか。

そんなこと急に聞かれてもですって。ごもっとも。

それでは蕎麦屋のお品書きをざっと書き出してみましょうか。
天ぷらそば、月見そば、たぬきそば、きつねそば、とろろそば、おろしそば、鴨南蛮そば、おかめそば、にしんそば…。

こうやって書き出してみると、すべて「〇〇そば」となっていることがわかります。たいがい「〇〇」の部分が、そばに添えられている食材からつけられているということになりますが、「天ぷら」、「とろろ」、「おろし」、「にしん」というのは、そのものずばりの食材名だからわかるとしても、「月見」、「たぬき」、「きつね」、「鴨南蛮」、「おかめ」ってなによ…てなことになりませんか?

まず私にも比較的簡単に説明できそうな「月見」から。

そばの上に卵をパッカリと割って落としたもの。卵の黄身を月、白身を雲に見立てたというわけです。アツアツのそばの上に落された卵の白身のたんぱく質が熱により白く変色して、いかにも月を隠そうとする叢雲のように見える。

「月に叢雲、花に風」のたとえをそばをすすりながら味わおうなんて、いかにも日本人らしい。粋ですねぇ~。そばは日本独特の食べ物ですから考えられないことでしょうけれど、もし欧米だったとしたら、「hot soup soba with raw egg」なんて書いてしまうんでしょうね。

「オーッ、ノー! ローエッグ!」

なんて言ってほしくありません。興醒めです。





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2020年12月29日

引っ越しそば


ウエブトピックスより、
「引っ越しそば」の大誤解 「新居で食べるそば」は間違い

・・・なになに、「引っ越しそば」って転居先の新しい住まいで食べるものだというふうに勘違いしている人が多いですって。

リサーチ会社が実施した調査によれば、「引っ越しして新しい家で引っ越し蕎麦食べた」とか、「予定どおり引っ越しを終え、早めの夕飯は『引っ越しそば』」のように、引っ越しをする本人とその家族が「転居先で食べるそば」のことだと勘違いしている人が半数近く(48.9%)もいるということです。

まったく困ったものですな。それでは私が講釈をたれるとしましょうか・・・。

そもそもそばが今のように長く切られて食べられるようになったのは、江戸時代の初めのこと。それまではそばのむき実をそのまま煮ておかゆ(そばがゆ)のようにして食べたり、粉に挽いたとしても水でこねて団子(そばがき)のようにして食べたと言われています。

そばの新しい食べ方は、当時の江戸でそば切りと呼ばれ、その安さと相まって大流行したのだそうです。

江戸時代中期になると、そのそばを引っ越し先の隣近所に挨拶がわりに配るという風習が流行り出し、これが「引っ越しそば」の始まりというわけ。

現代では自分の住むマンションの隣の住人の顔さえ知らぬ人が多くいるということですから、「」は隣近所に配るものから、自分で食うものに変わってしまったというのもあながちわからぬでもありません。

「お側(そば)にやってきました」、「細く長いお付き合いをお願いします」といった意味を込めた粋な江戸の町民の風習が、こうやって忘れ去られていくのはさみしい限り。そばという伝統的な食べ物に従事する者としては、ため息しか出て来ませんな。

しかし、「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配るそば」であったものが、「新しい転居先で食べるもの」に変わったにせよ、まあ、そばを食べてくれる人がいることに変わりはないというもの。これはこれでそば屋にとっては有難いことだと、現金な考えを巡らしたりもしています。(苦笑!







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2020年12月26日

年越しそば


今年も残すところ今日を入れて6日となりました。何となく気忙しい思いがするのは、今年一年やり残したことがあまりにも多いからでしょうか?

私はそば屋ですから、そば屋はこれからが稼ぎ時。残された6日間、ただ気忙しい思いだけで過ぎてしまっては悲惨です。これから大晦日まで、文字通り肉体的にも忙しくてこそ実入りもあり商売も成り立つというもの。

皆さん、年越しそばはお食べになられますでしょう?

・・・ナニ、食べないですと!?

お食べにならないと、年が越せませんぞ。(笑!



日本に古くから伝わる良き伝統・年越しそば。大晦日にどうしてそばを食べるようになったかと言いますと、いろいろ諸説があるようですが・・・。

そばのように、長く(永く)健康でありますようにという意味を込めて食べるようになったとか。

金座の金粉や細工かすを集めるのに、練ったそばを用いたことから、そばは金を集めるという意味で、縁起を担いだのだという節。

文字通り何かと気ぜわしい年の瀬で、体調を崩しそうになっても、そばは消化もよく、食べやすく、しかもそばの薬効成分が体調を整えてくれるからだとか。


皆さん、ぜひ年越しそばを召し上がられて、新しい年をお迎えください。

蛇足ながら、年越しそばは一杯と限ったものではありません。何杯お食べになられてもいいのです。(笑!

たくさん召し上がられたからといって、食べた分多く齢をとるということも決してありませんから、ご安心を。(爆笑!










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Posted by 酒そば本舗店長 at 08:03Comments(0)そばの雑学

2020年12月24日

・・・そば好きでよかったなあ。


現代に生きる我々が使用する暦は、地球が太陽の周りを回る日数をもとに算出された太陽暦(グレゴリオ暦)であることはご承知の通り。

古の昔より千年以上用いてきた太陰暦から現在の太陽暦に変えたのが、明治5年のことでした。1872年(明治5年)11月9日、当時の明治政府は、この年の12月3日を1873(明治6)年1月1日とすることを発表し、闇雲ともいえるほどに改暦を急いだ経緯についてものの本で読んだことがあります。

近代国家の建設と世界から文明国家と認知されるには、太陽暦の採用は必然だったことは言うまでもありませんが、当時鉄道の開業、学制や徴兵令発布などさまざまな改革の実施により、明治政府の財政は破綻寸前に追い込まれており、このことが改暦までの期間が僅か23日という突然の実施につながったというのです。

旧暦では明治6年は閏の年(閏月を間に挟み、1年を13ヶ月とする)にあたり、改暦することによりこの1ヶ月と明治5年の12月の1ヶ月、都合2か月分の人件費をはじめとする政府予算を節約できると、当時の参議大蔵卿であった大隈重信が考えたことがそもそもの発端だったというのは耳に新しいことです。

月の満ち欠けを基準とした太陰暦で生活してきた庶民は、突然の太陽暦採用により大混乱したのは言わずもがな。大陰暦だと毎月1日と月末は新月、15日が満月、その間を月が満ち欠けすると決まっていた。「晦日(30日)に月が出る」とは、当時絶対にありえないことをいったたとえですが、庶民は「晦日に月がいづれば、玉子の四角もあるべし」と嘆いたということです。

その旧暦と新暦のズレは、現代の我々の生活にも及んでいるのは、皆さんご承知のことですね。未だに旧暦で正月を祝う地方もあるようですが、毎年帰省客で交通が混乱する8月15日を挟むお盆休暇は、依然旧暦のままです。年賀状に「初春のお慶びを申し上げます」と書いたりするのも、考えれば不自然と言えそうです。


ところで12月14日は、赤穂浪士が吉良邸に討ち入って、主君浅野内匠頭の無念を晴らした日。赤穂藩があった地元兵庫県赤穂市では、毎年12月14日には義士祭が執り行われて、師走の風物詩にもなっているそうですが、1702年(元禄15年)12月14日は、現代の暦に換算すると、翌年1703年1月30日となるそうです。

赤穂浪士の討ち入りが、正月気分も抜けた30日に行われたなんて言われても、何だかピンと来ませんね。

私は過ぐる14日、赤穂の義士を偲んで「討ち入りそば」をすすったのでしたが、そうすれば年が明けての1月も終わりの30日に、再びそばを食べなければなりませんね。もちろん大晦日には年越しそばは欠かせませんから、12月と1月は晦日に合わせてそばをすするということになりましょうか。笑!







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2020年10月14日

そば湯について


そば湯はなぜ飲まれるのか?

そのまえにそばとうどんの違いについてみていきましょう。

原料となるそば粉と小麦粉の栄養成分の違いについて書かれた資料(日穀製粉(株)研究室の資料です)によれば、含まれるたんぱく質が大きく異なっており、それがうどんとそばの性質を大きく違わせているということがわかります。
そば粉と小麦粉のたんぱく質の違い
タンパク成分 そば粉小麦粉
備 考
アルブミン   12.1%11.1%
水 溶 性
グロブリン  53.8% 3.4%
塩可溶性
グルテニン   21.6%13.6%
プロラミン   11.3%
-
-
低分子  
-
5.3%
-
グリアジン  
-
33.3%
残渣タンパク質
-
33.4%
-


小麦粉の主たるタンパク質は分子が大きく、これを水と練り合わせると、○印のグリアジンとグルテニンが水和することにより、グルテンを形成してさらに大きな分子になるのです。

このグルテンは麩質と呼ばれ、うどんやラーメンのおいしい食感にはなくてはならないものなのです。そう、うどんのコシは、このグルテンが決め手になるのです。

一方そば粉に含まれるタンパク質は比較的低分子で、表からも分かるとおり水に溶けやすいのです。また、グリアジンが含まれないので、水と捏ね上げてもグルテンが形成されないので生地がつながりにくい。それでつなぎに小麦粉を使って、そばを打つということが編みだされたのです。

これが、二八そばとか五割そばとかいわれる所以なのです。十割そばというのは、この水溶性のタンパク質とでんぷん質をうまく糊状にまとめて捏ね上げて打つ方法で、余程の職人さんの打ちたて、茹でたてを食べない限り、やはり細かく切れやすい。


さて、そば湯に戻りましょう。そば屋ではそばを食べ終わったころにそば湯がだされますが、うどん屋でうどん湯がだされたという記憶などありませんよね。なぜか?

そば湯


これも先にあげた成分表をみれば一目瞭然ですね。そばに含まれる良質のタンパク質や栄養成分が、ゆでるときにゆで湯の中に溶け出すので、蕎麦を食べたあとに、だし汁をそば湯で割っていただくという知恵がそば湯というわけ。そば通の中には、蕎麦よりこのそば湯がお目当てという方がいらっしゃるというのですからね。

昔の人は、エライですね。このようなことを理屈抜きで経験で学び、生活の中に取り入れていたのですから。しかもそれが面々と今日まで受け継がれて来ているのですから、この文化を継承せずば、昔の人に叱られようというものです。







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2020年02月11日

忌み言葉


皆さんは、忌み言葉ということをご存知でしょうか。

私も、井沢元彦さんの逆説の日本史を読んではじめて知ったことですが、日本人は無意識のうちにこの忌み言葉の文化にどっぷりはまっているというのです。

分かりやすい例をあげれば、歴代の天皇のことを当時の人はどのように呼んだのか?

その答えは、声に発するのさえ恐れ多くて○○天皇などとは決して呼ばなかったと言うのです。呼ぶことさえ忌み嫌うべきことであったのです。後に書物などで○○天皇と著してあるのは、必ずその天皇が崩御してからのことであったと井沢さんは言っておられます。

・・・ナルホド、NHK大河ドラマなどを見ると、ごくごくお側の者だけが「お上」と袖で口をふさぐように発し、それに対して、「みは~であるぞ」などと自分のことを「み」と言わせているのは、時代考証に合致したものなのかなと思います。

また憤死など非業の死を余儀なくされた人物の祟りを非常に恐れたゆえに、社(やしろ)を造り神と崇め、その人物の霊を鎮めようとしたと。菅原道真を祀る北野天満宮しかり、古くは出雲大社の巨大な社殿しかり。

靖国問題をヒステリックなほどに騒ぎ立てる中国と韓国の指導者は、2000年もの昔から培ってきた来た日本人固有の祟りを恐れ、汚れを忌み嫌う文化を正しく理解しているとは思えません。


さて前書きが長くなりました。「蕎麦考」(永友 大 著)よりそばと忌み言葉に関連することをご紹介しましょう。

かって宮中では「そば」も忌み言葉であったと言ったら、読者の皆さんはさぞかし驚かれることでしょう。
sobanomi.jpg

その理由は、そばの実の形にあります。そばの実はエジプトのピラミッドを目一杯に小さくした形、そう三角錐の形状をしているのです。その三稜をもった三角(みかど)が帝(みかど)に通じるために、

「今宵の夕餉はそば粥なぞを・・・」

などと女官が言おうものなら一大事で、神社仏閣に帝の安泰を願って祈祷をしなくてはならない、ってなことにきっとなるんでしょう。


sobanohatomi.jpg

では、どう呼んだか?幸いそばの葉の形が葵の葉に似ていることから、「そば」を「あおい」と呼んだというのですから、う~んと唸ったきり、言葉を失います。



ひょっとすると、葵の紋(徳川幕府)を食べちゃうと言う隠れた意味もあるのかなと思ったりもするのです。さて、果たして本当に "お上" は、「みは葵粥を所望じゃ・・・」などとおっしゃたのでしょうか?

一方、今のようにそばを細く切って食べるようになったのは、江戸時代の初めといいますから、江戸は将軍の街、町人は誰にはばかることなく気軽に

「おぉ~ぅ!そば食っていきなっ!!」

「そいつはありがてぇ~!ごちになっていくぜぃ~!!」

なんて言ったんでしょうね。


下々の身の上といたしましては、江戸の庶民に軍配を上げたくなるのは、仕方のないところでありましょうか。









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2018年12月26日

年越しそばを食べましょう


今年も残すところ今日を入れて6日となりました。何となく気忙しい思いがするのは、今年一年やり残したことがあまりにも多いからでしょうか?

私はそば屋ですから、そば屋はこれからが稼ぎ時。残された5日間、ただ気忙しい思いだけで過ぎてしまっては悲惨です。これから大晦日まで、文字通り肉体的に忙しくなくては商売が成り立ちません。

皆さん、年越しそばはお食べになられますでしょう?

・・・ナニ、食べないですと!?

お食べにならないと、年が越せませんぞ。(笑!



日本に古くから伝わる良き伝統・年越しそば。大晦日にどうしてそばを食べるようになったかと言いますと、いろいろ諸説があるようですが・・・。

そばのように、長く(永く)健康でありますようにという意味を込めて食べるようになったとか。

金座の金粉や細工かすを集めるのに、練ったそばを用いたことから、そばは金を集めるという意味で、縁起を担いだのだという節。

文字通り何かと気ぜわしい年の瀬で、体調を崩しそうになっても、そばは消化もよく、食べやすく、しかもそばの薬効成分が体調を整えてくれるからだとか。


皆さん、ぜひ年越しそばを召し上がられて、新しい年をお迎えください。

蛇足ながら、年越しそばは一杯と限ったものではありません。何杯お食べになられてもいいのです。(笑!

たくさん召し上がられたからといって、食べた分多く齢をとるということも決してありませんから、ご安心を。(爆笑!







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2018年02月27日

「引っ越しそば」とは


年度末が迫った2月下旬から3月下旬にかけてのこの時期、トラックのレンタルの繁忙期だということご存じだったでしょうか?

実は所有する2トントラックが1台故障してしまい、予備車を使用して何とか回していたのですが、出荷量が増える週末に対応しきれなくなり、レンタカー会社に問い合わせしてみたのでしたが。

どの会社に聞いても答えは同じ。・・・もともとトラックなどの商用車は数が少ないうえに、この引っ越しシーズンはすべて予約で埋まっています。週末は特に空きはございませんという返事。中には引っ越しの専門業者が3月1か月間全て押さえてしまっているというところまでありました。

・・・なるほど年度末の職場移動や学生さんの荷物運び、この時期が引っ越しの季節だということ、改めて実感した次第です。


ところで皆さんは、引っ越しと聞けば何を思い浮かべられますか?

そば屋としては、「引っ越しそば」と即答していただきたいもの。(笑!


ウエブトピックスより、
「引っ越しそば」の大誤解 「新居で食べるそば」は間違い

・・・なになに、「引っ越しそば」って転居先の新しい住まいで食べるものだというふうに勘違いしている人が多いですって。

リサーチ会社が実施した調査によれば、「引っ越しして新しい家で引っ越し蕎麦食べた」とか、「予定どおり引っ越しを終え、早めの夕飯は『引っ越しそば』」のように、引っ越しをする本人とその家族が「転居先で食べるそば」のことだと勘違いしている人が半数近く(48.9%)もいるということです。

まったく困ったものですな。それでは私が講釈をたれるとしましょうか・・・。

そもそもそばが今のように長く切られて食べられるようになったのは、江戸時代の初めのこと。それまではそばのむき実をそのまま煮ておかゆ(そばがゆ)のようにして食べたり、粉に挽いたとしても水でこねて団子(そばがき)のようにして食べたと言われています。

そばの新しい食べ方は、当時の江戸でそば切りと呼ばれ、その安さと相まって大流行したのだそうです。

江戸時代中期になると、そのそばを引っ越し先の隣近所に挨拶がわりに配るという風習が流行り出し、これが「引っ越しそば」の始まりというわけ。

現代では自分の住むマンションの隣の住人の顔さえ知らぬ人が多くいるということですから、「引っ越しそば」は隣近所に配るものから、自分で食うものに変わってしまったというのもあながちわからぬでもありません。

「お側(そば)にやってきました」、「細く長いお付き合いをお願いします」といった意味を込めた粋な江戸の町民の風習が、こうやって忘れ去られていくのはさみしい限り。そばという伝統的な食べ物に従事する者としては、ため息しか出て来ませんな。

しかし、「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配るそば」であったものが、「新しい転居先で食べるもの」に変わったにせよ、まあ、そばを食べてくれる人がいることに変わりはないというもの。これはこれで有難いことだと、現金な考えを巡らしたりもしています。(苦笑!


さて「引っ越しそば」はよしとして、トラックはどうしたらいいものやら。





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2017年03月25日

引っ越しそば


ウエブトピックスより、
「引っ越しそば」の大誤解 「新居で食べるそば」は間違い

・・・なになに、「引っ越しそば」って転居先の新しい住まいで食べるものだというふうに勘違いしている人が多いですって。

リサーチ会社が実施した調査によれば、「引っ越しして新しい家で引っ越し蕎麦食べた」とか、「予定どおり引っ越しを終え、早めの夕飯は『引っ越しそば』」のように、引っ越しをする本人とその家族が「転居先で食べるそば」のことだと勘違いしている人が半数近く(48.9%)もいるということです。

まったく困ったものですな。それでは私が講釈をたれるとしましょうか・・・。

そもそもそばが今のように長く切られて食べられるようになったのは、江戸時代の初めのこと。それまではそばのむき実をそのまま煮ておかゆ(そばがゆ)のようにして食べたり、粉に挽いたとしても水でこねて団子(そばがき)のようにして食べたと言われています。

そばの新しい食べ方は、当時の江戸でそば切りと呼ばれ、その安さと相まって大流行したのだそうです。

江戸時代中期になると、そのそばを引っ越し先の隣近所に挨拶がわりに配るという風習が流行り出し、これが「引っ越しそば」の始まりというわけ。

現代では自分の住むマンションの隣の住人の顔さえ知らぬ人が多くいるということですから、「引っ越しそば」は隣近所に配るものから、自分で食うものに変わってしまったというのもあながちわからぬでもありません。

「お側(そば)にやってきました」、「細く長いお付き合いをお願いします」といった意味を込めた粋な江戸の町民の風習が、こうやって忘れ去られていくのはさみしい限り。そばという伝統的な食べ物に従事する者としては、ため息しか出て来ませんな。

しかし、「転居した際、その近隣に近づきのしるしに配るそば」であったものが、「新しい転居先で食べるもの」に変わったにせよ、まあ、そばを食べてくれる人がいることに変わりはないというもの。これはこれで有難いことだと、現金な考えを巡らしたりもしています。(苦笑!




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2016年10月26日

そば湯について


そばとうどんはどこが違うのか?

そんなもの、そばはそば粉で、うどんは小麦粉(うどん粉)で作るに決まっているじゃないか。

ではそば粉と小麦粉は、どう違うか?・・・色が違うでしょう。

じゃあ、色以外でどこが違っているのだろう?
そば屋ではそば湯を出してくれるが、うどん屋で"うどん湯"を出してくれるということないでしょ。

だんだん怪しげな答えになってきましたね。


というわけで、そば粉の栄養成分のうち特にタンパク組成について、小麦粉のそれと比較した資料が手許に入りましたので、これを基にしてご説明したいと思います。

〔日穀製粉(株)研究室の資料です]
そば粉と小麦粉のたんぱく質の違い
タンパク成分 そば粉小麦粉
備 考
アルブミン   12.1%11.1%
水 溶 性
グロブリン  53.8% 3.4%
塩可溶性
グルテニン   21.6%13.6%
プロラミン   11.3%
-
-
低分子  
-
5.3%
-
グリアジン  
-
33.3%
残渣タンパク質
-
33.4%
-


小麦粉の主たるタンパク質は分子が大きく、これを水と練り合わせると、○印のグリアジンとグルテニンが水和することにより、グルテンを形成してさらに大きな分子になるのです。

このグルテンは麩質と呼ばれ、うどんやラーメンのおいしい食感にはなくてはならないものなのです。そう、うどんのコシは、このグルテンが決め手になるのです。

一方そば粉に含まれるタンパク質は比較的低分子で、表からも分かるとおり水に溶けやすいのです。
また、グリアジンが含まれないので、水と捏ね上げてもグルテンが形成されないので生地がつながりにくい。それでつなぎに小麦粉を使って、そばを打つということが編みだされたのです。

これが、二八そばとか五割そばとかいわれる所以なのです。十割そばというのは、この水溶性のタンパク質とでんぷん質をうまく糊状にまとめて捏ね上げて打つ方法で、余程の職人さんの打ちたて、茹でたてを食べない限り、やはり細かく切れやすいのです。

さて、話をそば湯に戻します。

そば湯


もう、お分かりですね。せっかくの良質のタンパク質や栄養成分が、ゆで湯の中に溶け出すので、蕎麦を食べたあとに、だし汁をそば湯で割っていただくという知恵です。そば通の中には、蕎麦よりこのそば湯がお目当てという方がいらっしゃるというのですからね。

昔の人は、エライですね。このようなことを理屈抜きで経験で感じ取って、生活の中に取り入れていたのですから。しかもそれが面々と今日まで受け継がれて来ているのですから、この文化を継承せずば、昔の人に叱られようというものです。




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2016年10月19日

そばの「赤すね」


久しぶりにそばの雑学。

まずは私が栽培したそばの写真を見ていただきたいと思います。これは8月のお盆過ぎに種を蒔いてから二月あまり経ったころ撮ったものです。



ごらんのとおり、そばの茎はずいぶん曲がりくねっていますね。まるで地を這うかのようです。それと茎の根元が赤みを帯びてるのがわかります。

そばは「そば75日」という言葉があるように、種を蒔いてから発芽も成長もたいへん早い植物で、この鉢植えのそばもすでに茎の先につけた花はすっかり枯れてその根元が黒く結実し始めています。

私の観察したところによれば、結実が進むにしたがって茎の根元はますます赤みを増すようです。そばの産地ではこれをそばの「赤すね」と呼び、このような神秘的な民話が伝わっています。

そば粉の製造メーカー日穀製粉のホームページに九州宮崎地方の民話が紹介されていました。


昔「むぎ」と「そば」の姉妹がおった。
冬の寒い日、老婆が「川を背負って渡してくれ」と頼んだが「むぎ」は断り「そば」一人で渡したそうな。「そば」の足は冷たい水で真っ赤になり今も茎が赤いんじゃ。これを見た神様は「そば」を夏の太陽ですくすく育つようにしてくれたが「むぎ」は冬に踏まれるものにしてしまったとさ。


古来よりこの国の民は米を主食として栽培してきましたが、米や麦と違って収量はそれほど見込めなくとも、荒れてやせた土地でもよく根つき、手間暇をかけなくても実を結ぶ作物として農家で重宝がられてきのがそばでした。

冷害や台風による洪水で米の収穫が見込めない年、山間の荒れた土地に蒔いておいたそばがどれほどこの国の民を救って来たことか。

そんな辛抱強さがよく似合うそばなればこそ、そばの「赤すね」の民話が今日まで語り継がれてきたのでしょう。




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2016年07月22日

「キツネ」と「タヌキ」の違いについて考察してみた


商売敵のことを書くのは少々しゃくなのですが、そばやうどんがそれだけ広く食べられて麺好きが多くなれば、私どもにもおこぼれが回ろうというもの。

商売敵とは「マ○ちゃん」で有名な某大手食品メーカーのこと。武田鉄也のコマーシャルをご覧になった方いらっしゃるでしょう。武田鉄也はコマーシャルでこう歌っていますね。

「赤~いキツネに、緑のたぬき♪」と。

赤いキツネはお揚げが入ったうどん。緑のたぬきはかき揚げが入ったそば。私なんかは単純に不思議に思ってしまうのです。何色になるのかは分かりませんが、「どうしてお揚げが入ったそばがないのか?」「かき揚げが入ったうどんが食いたいときはどうする?」と。

さて、このキツネとたぬきの二匹の動物とうどんとそばにのせるネタについて、落語家の林家木久蔵(当時、今は木久扇)さんがお書きになった『昭和下町人情ばなし』(日本放送出版協会)に、おもしろいことが書かれておりました。

木久蔵さんのお師匠さん・先代の林家正蔵さん(今の正蔵さんは、林家三平さんのご長男のこぶ平さんがお継ぎになられましたね)が、天ぷらの揚げカスの噺だけで20分くらいしゃべったという思い出話。

「たぬきそばってものがありますが、蕎麦の上にのってる天カスも、いいネタを揚げた油カスだったら、なんとも言えなく旨いですが・・・。ついでに申し上げますが、たぬきそばのたぬきは、キツネ・たぬきのたぬきじゃなくて、衣ばかりのカスだから"たね・ぬき"っていう意味で、これを縮めた江戸弁でして・・・」


ほぉ~、中身の入っていない衣だけの「たねぬき」が元で、それが変じて「たぬき」になったと。


『蕎麦屋のしきたり』(藤村和夫著 日本放送出版協会)には、昭和25年ごろのこと、「室町の砂場」さんで、「仕舞い蕎麦(看板にしてから、従業員が皆で食べるそばのこと)の時に、もり汁の中に「揚げかす」を入れており、これはこれでおいしいのですが、まさかお客様に「天かす」を差し上げるわけにはいかない。(まだその頃には、「ばくだん」とか「たぬき」はあちこちで売り出されていませんでした。そこで「砂場」さんでは、天ぷらをかき揚げにして、天もりと称してお出ししたと・・・・云々。

このように書かれておりました。


そうすると、たぬきは昭和になってから、現れたのでしょうか?大正、明治もさることながら、天ぷらが食べられるようになったのは、そばと同じ江戸時代の初めころですからね。家康の死因は、鷹狩の合い間に当時上方で流行だした天ぷら、しかも鯛の天ぷらを食べ過ぎたのが、原因と言われておりますね。もっとも、家康は消化器系のがんを患って、その頃にはもう末期であったから、天ぷらが直接の原因ではないという書物もあり、どうもこちらの方が真実のようですが。


何事も無駄にせず、万事リサイクルを徹底していた江戸人は、天ぷらを揚げるときにでる天かすは捨てていたのでしょうか?とっておいてそばやうどんに入れて食べたのでしょうか?

私の想像するに、あくまで蕎麦屋は蕎麦屋、天ぷら屋は天ぷら屋で、横のつながりはなかったと思われます。それもどちらも屋台を担いでの出店が主流で、店を構えての蕎麦屋は、江戸時代の終わりころになって、ようやく出現したといいますから、そば屋にたぬきは出ようがなかったのかも知れません。

さて、ここまで書いてくればもうお気づきでしょうが、今まで書いてきたことは先代の正蔵師匠にしろ砂場さんにしろ東京の話ですね。大阪へ行くとキツネとたぬきの事情が少々違って来るから話がややこしくなる。

実のところ私は、てっきり甘辛く煮てあるうす揚げが入っていると「キツネ」と称し、天ぷらを揚げた時にでる天かす(揚げ玉)が入っていると「たぬき」というものとばかり思っておりました。つまり東京に限らず、うどんでもそばでも「キツネ」もあれば「たぬき」もあると思っていたのです。

私自身いまだに少々混乱しておりますので、整理させていただきたいと思います。つまり東京ではこうですね。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネうどんキツネそば
(天かす) たぬきうどんたぬきそば


ところが、大阪へ行くと、「キツネ」といえば、きつねうどん。「たぬき」といえば、いなりの入ったそば。天かすが入ると、うどんでもそばでも「ハイカラ」と頭につく。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネたぬき
(天かす) ハイカラうどんハイカラそば



私は富山県の高岡市に住んでいるのですが、地理的には北に寄っているとはいうものの丁度関東・関西の真ん中あたりになります。東京へも京都・大阪へもJRを利用して3時間余りで行くことができますね。

そうしますと、キツネとたぬきの名前の化かし合いの件は、当地は東にくみすることになるのでしょうか?少なくとも「ハイカラ」うどんやそばなんていう呼び名、聞いたためしはありませんけれど・・・。

だしもどちらかというと濃い口の関東風になりますが、同じ富山県の中でも高岡市のようにやや西寄りに位置するところは、だしの色も富山市と比べるとはっきりと薄いです。これがお隣の金沢へ参りますと、極端に薄口の京風を思わせるだしになってしまいます。

さらにだしのとり方では、「東の鰹節、西の昆布」といいますが、当地では鰹節と昆布両方混ぜただしのとり方をします。中間ということになるのでしょうか?

皆さんのお住まいの地方では、どんな具をのせてそばやうどんを食べますか?そしてそれを何と呼んでいますか?だしは何からとるでしょう?







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2016年07月03日

蕎麦屋の暖簾



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は、茹でて食べる食品ですから、その麺の状態で
大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されますね。

Cは、便利ですね。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしても、さっと湯がいて熱いだしがあれば、直ぐ食べれますね。
A・Bを茹でたものがCということになりますね。
そして、Aを乾燥したものがBということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」

こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。

お蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、この「生(き)そば」と言う文字と決まっておりますね。

上野池之端にある蓮玉庵の暖簾


写真の暖簾は東京上野池之端の蕎麦屋蓮玉庵さんのの暖簾。老舗の暖簾ともなれば、風にはためく姿も風情の違いを感じさせるものですな。


さて今日では、つなぎ粉も吟味し加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

確かに小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なお蕎麦を出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。



蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





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2015年12月28日

蕎麦屋の暖簾



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は、茹でて食べる食品ですから、その麺の状態で
大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されますね。

Cは、便利ですね。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしてもさっと湯がいて熱いだしをかければ直ぐ食べれます。A・Bを茹でたものがC、そして、Aを乾燥したものがBということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」
dinac004-s.gif
こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。

このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。

お蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、この「生(き)そば」と言う文字と決まっておりますね。


つなぎ粉を吟味し、加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

今日では、小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なおそばを出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。



蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。蕎麦を見ると、私も日本に生まれてきてよかったと思わずにはいられません。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





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2015年12月28日

蕎麦屋の暖簾



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は、茹でて食べる食品ですから、その麺の状態で
大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されますね。

Cは、便利ですね。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしてもさっと湯がいて熱いだしをかければ直ぐ食べれます。A・Bを茹でたものがC、そして、Aを乾燥したものがBということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」
dinac004-s.gif
こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。

このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。

お蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、この「生(き)そば」と言う文字と決まっておりますね。


つなぎ粉を吟味し、加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

今日では、小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なおそばを出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。



蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。蕎麦を見ると、私も日本に生まれてきてよかったと思わずにはいられません。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





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2015年12月17日

そば湯が飲まれる訳


そばとうどんはどこが違うのか?

そんなもの、そばはそば粉で、うどんは小麦粉(うどん粉)で作るに決まっているじゃないか。

ではそば粉と小麦粉は、どう違うか?・・・色が違うでしょう。

じゃあ、色以外でどこが違っているのだろう?
そば屋ではそば湯を出してくれるが、うどん屋で"うどん湯"を出してくれるということないでしょ。

だんだん怪しげな答えになってきましたね。


というわけで、そば粉の栄養成分のうち特にタンパク組成について、小麦粉のそれと比較した資料が手許に入りましたので、これを基にしてご説明したいと思います。

〔日穀製粉(株)研究室の資料です]
タンパク成分 そば粉小麦粉
備 考
アルブミン   12.1%11.1%
水 溶 性
グロブリン  53.8% 3.4%
塩可溶性
グルテニン   21.6%13.6%
プロラミン   11.3%
-
-
低分子  
-
5.3%
-
グリアジン  
-
33.3%
残渣タンパク質
-
33.4%
-


小麦粉の主たるタンパク質は分子が大きく、これを水と練り合わせると、○印のグリアジンとグルテニンが水和することにより、グルテンを形成してさらに大きな分子になるのです。

このグルテンは麩質と呼ばれ、うどんやラーメンのおいしい食感にはなくてはならないものなのです。そう、うどんのコシは、このグルテンが決め手になるのです。

一方そば粉に含まれるタンパク質は比較的低分子で、表からも分かるとおり水に溶けやすいのです。
また、グリアジンが含まれないので、水と捏ね上げてもグルテンが形成されないので生地がつながりにくい。それでつなぎに小麦粉を使って、そばを打つということが編みだされたのです。

これが、二八そばとか五割そばとかいわれる所以なのです。十割そばというのは、この水溶性のタンパク質とでんぷん質をうまく糊状にまとめて捏ね上げて打つ方法で、余程の職人さんの打ちたて、茹でたてを食べない限り、やはり細かく切れやすいのです。

そば湯


さて、話をそば湯に戻します。

もう、お分かりですね。せっかくの良質のタンパク質や栄養成分が、ゆで湯の中に溶け出すので、蕎麦を食べたあとに、だし汁をそば湯で割っていただくという知恵です。そば通の中には、蕎麦よりこのそば湯がお目当てという方がいらっしゃるというのですからね。

昔の人は、エライですね。このようなことを理屈抜きで経験で感じ取って、生活の中に取り入れていたのですから。しかもそれが面々と今日まで受け継がれて来ているのですから、この文化を継承せずば、昔の人に叱られようというものです。




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2015年09月10日

「そば」は忌み言葉だった・・・?


皆さんは、忌み言葉ということをご存知でしょうか。

私も、井沢元彦さんの逆説の日本史を読んではじめて知ったことですが、日本人は無意識のうちにこの忌み言葉の文化にどっぷりはまっているというのです。

分かりやすい例をあげれば、歴代の天皇のことを当時の人はどのように呼んだのか?

その答えは、声に発するのさえ恐れ多くて○○天皇などとは決して呼ばなかったと言うのです。呼ぶことさえ忌み嫌うべきことであったのです。後に書物などで○○天皇と著してあるのは、必ずその天皇が崩御してからのことであったと井沢さんは言っておられます。

・・・ナルホド、NHK大河ドラマなどを見ると、ごくごくお側の者だけが「お上」と袖で口をふさぐように発し、それに対して、「みは~であるぞ」などと自分のことを「み」と言わせているのは、時代考証に合致したものなのかなと思います。

また憤死など非業の死を余儀なくされた人物の祟りを非常に恐れたゆえに、社(やしろ)を造り神と崇め、その人物の霊を鎮めようとしたと。菅原道真を祀る北野天満宮しかり、古くは出雲大社の巨大な社殿しかり。

靖国問題をヒステリックなほどに騒ぎ立てる中国と韓国の指導者は、2000年もの昔から培ってきた来た日本人固有の祟りを恐れ、汚れを忌み嫌う文化を正しく理解しているとは思えません。


さて前書きが長くなりました。「蕎麦考」(永友 大 著)よりそばと忌み言葉に関連することをご紹介しましょう。

かって宮中では「そば」も忌み言葉であったと言ったら、読者の皆さんはさぞかし驚かれることでしょう。

その理由は、そばの実の形にあります。そばの実はエジプトのピラミッドを目一杯に小さくした形、そう三角錐の形状をしているのです。その三稜をもった三角(みかど)が帝(みかど)に通じるために、

「今宵の夕餉はそば粥なぞを・・・」

などと女官が言おうものなら一大事で、神社仏閣に帝の安泰を願って祈祷をしなくてはならない・・ってなことにきっとなるんでしょう。

では、どう呼んだか?幸いそばの葉の形が葵の葉に似ていることから、「そば」を「あおい」と呼んだというのですから、う~んと唸ったきり、言葉を失います。


ひょっとすると、葵の紋(徳川幕府)を食べちゃうと言う隠れた意味もあるのかなと思ったりもするのです。さて、果たして本当に "お上" は、「みは葵粥を所望じゃ・・・」などとおっしゃたのでしょうか?


一方、今のようにそばを細く切って食べるようになったのは、江戸時代の初めといいますから、江戸は将軍の街、町人は誰にはばかることなく気軽に

「おぉ~ぅ!そば食っていきなっ!!」

「ありがとうよっ!ごちになっていくぜぃ~!!」

なんて言ったんでしょうね。


下々の身の上といたしましては、江戸の庶民に軍配を上げたくなるのは、仕方のないところでありましょうか。





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Posted by 酒そば本舗店長 at 10:06Comments(0)そばの雑学

2015年07月31日

暖簾の文字



皆さん、「生そば」と書けば、何とお読みになられますか?


なまそば・・・・正解!

きそば・・・・こちらも正解!


そばに限らず、麺は茹でて食べる食品ですから、その麺の加工された状態で大きく分けて、A 生(なま)麺、B 乾麺(かんめん)、C ゆで麺に分類されます。

Cは、便利です。もう茹でてあるのですから、うどんにしてもそばにしても、さっと湯がいて熱いだしがあれば、直ぐ食べれます。そしてAを乾燥したものがBということになります。当然ながらA・Bを茹でたものがCということになりますね。

ですから、「生(なま)そば」といえば打って切り出した状態のそばを指すことになります。



では、「生(き)そば」

こちらの方は、いろいろ諸説あるところなのですが、一般にはそば粉100%のそばを指すということです。つなぎの小麦粉を用いないとどうしてもつながりが悪く、ぼそぼそと切れやすい麺になります。このため江戸時代の初めごろの「生(き)そば」は、蒸籠(せいろ)でいったん蒸してから茹でたといいます。これが蒸籠もりとして今も残っているのです。


ところでお蕎麦屋さんの暖簾の定番というと、提供されるそばがそば粉100%であるかないかに関わらず、「生(き)そば」という文字と決まっているようです。


上野池之端にある蓮玉庵の暖簾


これは上野池之端の蕎麦屋さん蓮玉庵さんの暖簾。老舗の名店ともなると暖簾のはためき方からして違うような気がします。



つなぎ粉を吟味し、加え方を工夫して、手ごねの仕方などに独特の技術を駆使して、おいしいお蕎麦を提供なさっている手打のお蕎麦屋さんも多くいらっしゃいますね。

今日では、小麦粉のつなぎも改良され、そば粉自体もはるかにいいものが出ておりますので、必ずしもそば粉100%だからおいしいとは言えないかも知れません。


しかし、10割そばにこだわっている手打の蕎麦屋さんは多くいらっしゃることでしょうし、それはそれで立派なおそばを出していらっしゃるのでしょうが、蒸籠で蒸してから茹でるという調理法を伝承しておられるところは、私の知る限り見受けられないようです。

まぁ、蒸すよりはるかに簡単な調理法が茹でるということですし、麺が打ちたて茹でたてであれば、切れることもないでしょうから、昔の調理法にこだわる必要もないのかもしれません。


蒸し暑い日本の夏は、どうしてもサッパリとしたものが食べたくなりますね。蕎麦を見ると、私も日本に生まれてきてよかったと思わずにはいられません。

お昼には、よく蕎麦屋さんの暖簾をくぐられる方多いと思いますが、一度その暖簾に何と書いてあるかご注目いただくのも、なかなかおつなものではないかと思うのです。





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Posted by 酒そば本舗店長 at 11:26Comments(0)そばの雑学

2015年06月14日

そば湯が飲まれるわけ


そばとうどんはどこが違うのか?

そんなもの、そばはそば粉で、うどんは小麦粉(うどん粉)で作るにきまっているじゃないか。

ではそば粉と小麦粉は、どう違うか?

・・・色が違うでしょう。じゃあ、色以外でどこが違っているのだろう?
そば屋ではそば湯を出してくれるが、うどん屋で"うどん湯"を出してくれるということないでしょ。

だんだん怪しげな答えになってきましたね。


というわけで、そば粉の栄養成分のうち特にタンパク組成について、小麦粉のそれと比較した資料が手許に入りましたので、これを基にしてご説明したいと思います。

〔日穀製粉(株)研究室の資料です]
タンパク成分 そば粉小麦粉
備 考
アルブミン   12.1%11.1%
水 溶 性
グロブリン  53.8% 3.4%
塩可溶性
グルテニン   21.6%13.6%
プロラミン   11.3%
-
-
低分子  
-
5.3%
-
グリアジン  
-
33.3%
残渣タンパク質
-
33.4%
-


小麦粉の主たるタンパク質は分子が大きく、これを水と練り合わせると、○印のグリアジンとグルテニンが水和することにより、グルテンを形成してさらに大きな分子になるのです。
このグルテンは麩質と呼ばれ、うどんやラーメンのおいしい食感にはなくてはならないものなのです。そう!うどんのコシはこのグルテンが決め手になるのです。

一方そば粉に含まれるタンパク質は比較的低分子で、表からも分かるとおり水に溶けやすいのです。
また、グリアジンが含まれないので、水と捏ね上げてもグルテンが形成されないので生地がつながりにくい。それでつなぎに小麦粉を使って、そばを打つということがあみ出されたのです。

これが、二八そばとか五割そばとかいわれる所以なのです。十割そばというのは、この水溶性のタンパク質とでんぷん質をうまく糊状にまとめて捏ね上げて打つ方法で、余程の職人さんの打ちたて、茹でたてを食べない限り、やはり細かく切れやすいのです。

そば湯


話をそば湯に戻します。
もう、お分かりですね。せっかくの良質のタンパク質や栄養成分が、ゆで湯の中に溶け出すので、蕎麦を食べたあとに、だし汁をそば湯で割っていただくという知恵です。そば通の中には、蕎麦よりこのそば湯がお目当てという方がいらっしゃるというのですからね。

昔の人は、エライですね。このようなことを理屈抜きで経験で感じ取って、生活の中に取り入れていたのですから。しかもそれが面々と今日まで受け継がれて来ているのですから、この文化を継承せずば、昔の人に叱られようというものです。



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Posted by 酒そば本舗店長 at 12:21Comments(0)そばの雑学

2015年03月09日

蒸篭もり三すすり半で3500円・・・!?


そば屋にとってはそば粉が命。そば粉が無くては商売になりません。ところがそのそば粉の流通価格が高騰し、そば屋を困らせています。

その原因は日本国内での流通量の約65%~70%を占める中国産玄そば(そばの実)の輸入量の減少にあります。元々そばの原産地は中国内陸部で、それがシルクロードを通じて西はヨーロッパへ、東は朝鮮半島を通じて日本へもたらされた。

そばは米や麦など他の農作物が育たない痩せた荒れた土地でもしっかり根付き、実をつけます。古来よりわが国でも凶作の年、どれだけそばが窮した農民の命を救ったか、古文書をひも解くまでもありません。

そばの原産国である中国の経済発展は目覚しいものがあり、農業技術の進歩もまた例外ではありません。灌漑技術が飛躍的に進んだことにより、今まで作付けが難しかった農地にも、アワ、キビ、高粱といったそばよりはるかに収量の良い農作物を作付けできるようになった。その結果中国におけるそばの生産量が激減しているのです。

日本の大手そば粉製粉メーカーの資料によれば、中国での玄そばの生産量は最大43万トンあったものが、2012年23万トン、2013年9.5万トンと毎年半減していることが、それをよく表しています。中国から日本への玄そばの輸入量が年8~10万トンで推移してきたことを勘案すると、近い将来原料の玄そばの確保すら危ぶまれるという状況といえます。

ウナギの養殖に使われるシラスウナギが激減し、うなぎの蒲焼が食べれなくなる時代が来ると騒がれたのはついこの間のこと。マグロの刺身にしてもしかり。

幸ウナギやマグロと違ってそばの場合は栽培すればいいのですから、食べれなくなるということはないと思いますが、問題はコストです。残念ながら気軽に立ち食いそばで軽く腹ごしらえというようなことは、もしかしたら難しくなるのではないか。

中国がそばを栽培しないというのなら、日本国内で栽培すればいいじゃないか。米が余っているのだから、減反した農地にそばを植えたらどうか?・・・ごもっともなご意見ですね。私もそれを望むものですが、玄そばの反収は米の1/10にも満たないと聞きますから、安定した収量にはつながりません。


そば通に言わせると蒸篭もりのそばは三すすり半で食べるものといいますが、そうすれば蒸篭もり1枚3500円というようなことになる。

果たしてそんな時代が遠からずやって来るのでしょうか?





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Posted by 酒そば本舗店長 at 11:06Comments(0)そばの雑学

2015年01月08日

キツネとたぬきの違いPART2


そば屋のキツネとたぬきの違いについて、昨日は落語の稀代の名人の話をご披露したのでした。「たぬきそばのたぬきは、キツネ・たぬきのたぬきじゃなくて、衣ばかりのカスだから"たね・ぬき"っていう意味で、これを縮めた江戸弁でして・・・」と。

実のところ私は、てっきり甘辛く煮てあるうす揚げが入っていると「キツネ」と称し、天ぷらを揚げた時にでる天かす(揚げ玉)が入っていると、「たぬき」というものとばかり思っておりました。つまり東京に限らず、うどんでもそばでも「キツネ」もあれば「たぬき」もあると思っていたのです。

私自身いまだに少々混乱しておりますので、整理させていただきたいと思います。つまり東京ではこうですね。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネうどんキツネそば
(天かす) たぬきうどんたぬきそば

ところが、大阪へ行くと、「キツネ」といえば、きつねうどん。「たぬき」といえば、いなりの入ったそば。天かすが入ると、うどんでもそばでも「ハイカラ」と頭につく。
[うどん] [そば] 
(いなり) キツネたぬき
(天かす) ハイカラうどんハイカラそば



私は富山県の高岡市に住んでいるのですが、地理的には北に寄っているとはいうものの丁度関東・関西の真ん中あたりになります。東京へも京都・大阪へもJRを利用して3時間余りで行くことができますね。

そうしますと、キツネとたぬきの名前の化かし合いの件は、当地は東にくみすることになるのでしょうか?

だしもどちらかというと濃い口の関東風になりますが、同じ富山県の中でも高岡市のようにやや西寄りに位置するところは、だしの色も富山市と比べるとはっきりと薄いです。これがお隣の金沢へ参りますと、極端に薄口の京風を思わせるだしになってしまいます。

さらにだしのとり方では、「東の鰹節、西の昆布」といいますが、当地では鰹節と昆布両方混ぜただしのとり方をします。中間ということになるのでしょうか?

皆さんのお住まいの地方では、どんな具をのせてそばやうどんを食べますか?そしてそれを何と呼んでいますか?だしは何でとるでしょう?




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Posted by 酒そば本舗店長 at 16:58Comments(0)そばの雑学

2015年01月07日

キツネとたぬきの違い


商売敵のことを書くのは少々しゃくなのですが、そばやうどんがそれだけ広く食べられて麺好きが多くなれば、私どもにもおこぼれが回ろうというもの。

商売敵とは「マ○ちゃん」で有名な某大手食品メーカーのこと。武田鉄也のコマーシャルをご覧になった方いらっしゃるでしょう。武田鉄也はコマーシャルでこう歌っていますね。

「赤~いキツネに、緑のたぬき♪」と。

赤いキツネはお揚げが入ったうどん。緑のたぬきはかき揚げが入ったそば。私なんかは単純に不思議に思ってしまうのです。何色になるのかは分かりませんが、「どうしてお揚げが入ったそばがないのか?」「かき揚げが入ったうどんが食いたいときはどうする?」と。

さて、このキツネとたぬきの二匹の動物とうどんとそばにのせるネタについて、落語家の林家木久蔵(当時、今は木久扇)さんがお書きになった『昭和下町人情ばなし』(日本放送出版協会)に、おもしろいことが書かれておりました。

木久蔵さんのお師匠さん・先代の林家正蔵さん(今の正蔵さんは、林家三平さんのご長男のこぶ平さんがお継ぎになられましたね)が、天ぷらの揚げカスの噺だけで20分くらいしゃべったという思い出話。

「たぬきそばってものがありますが、蕎麦の上にのってる天カスも、いいネタを揚げた油カスだったら、なんとも言えなく旨いですが・・・。ついでに申し上げますが、たぬきそばのたぬきは、キツネ・たぬきのたぬきじゃなくて、衣ばかりのカスだから"たね・ぬき"っていう意味で、これを縮めた江戸弁でして・・・」

ほ~、中身の入っていない衣だけの「たねぬき」が元で、それが変じて「たぬき」になったと。


『蕎麦屋のしきたり』(藤村和夫著 日本放送出版協会)には、
昭和25年ごろのこと、「室町の砂場」さんで、「仕舞い蕎麦(看板にしてから、従業員が皆で食べるそばのこと)の時に、もり汁の中に「揚げかす」を入れており、これはこれでおいしいのですが、まさかお客様に「天かす」を差し上げるわけにはいかない。(まだその頃には、「ばくだん」とか「たぬき」はあちこちで売り出されていませんでした。
そこで「砂場」さんでは、天ぷらをかき揚げにして、天もりと称してお出ししたと・・・・云々。

このように書かれておりました。


そうすると、たぬきは昭和になってから、現れたのでしょうか?大正、明治もさることながら、天ぷらが食べられるようになったのは、そばと同じ江戸時代の初めころですからね。家康の死因は、鷹狩の合い間に当時上方で流行だした天ぷら、しかも鯛の天ぷらを食べ過ぎたのが、原因と言われておりますね。もっとも、家康は消化器系のがんを患って、その頃にはもう末期であったから、天ぷらが直接の原因ではないという書物もあり、どうもこちらの方が真実のようですが。


何事も無駄にせず、万事リサイクルを徹底していた江戸人は、天ぷらを揚げるときにでる天かすは捨てていたのでしょうか?とっておいてそばやうどんに入れて食べたのでしょうか?

私の想像するに、あくまで蕎麦屋は蕎麦屋、天ぷら屋は天ぷら屋で、横のつながりはなかったと思われます。それもどちらも屋台を担いでの出店が主流で、店を構えての蕎麦屋は、江戸時代の終わりころになって、ようやく出現したといいますから、そば屋にたぬきも出ようがなかったのかも知れません。


さて、ここまで書いてくればもうお気づきでしょうが、今まで書いてきたことは先代の正蔵師匠にしろ砂場さんにしろ東京の話ですね。大阪へ行くとキツネとたぬきの事情が少々違ってきます。これについては、またの機会に話題にしたいと思っています。・・・お楽しみに♪






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Posted by 酒そば本舗店長 at 06:25Comments(0)そばの雑学

2014年12月27日

年越しそばについて


大晦日にどうしてそばを食べるようになったかと言いますと、いろいろ諸説があるようですが・・・

そばのように、長く(永く)健康でありますようにという意味を込めて食べるようになったとか

金座の金粉や細工かすを集めるのに、練ったそばを用いたことから、そばは金を集めるという意味で、縁起を担いだのだという節

文字通り何かと気ぜわしい年の瀬で、体調を崩しそうになっても、そばは消化もよく、食べやすく、しかもそばの薬効成分が体調を整えてくれるからだとか

いろいろありますがね。
みんなそれぞれ一理ある節ではありますよ。否定はしませんよ。



酒そば本舗店長の節は、いたってシンプル!


そばってうまいからいつでも食べたいだけなんです!


今日はそばの宣伝でした。お許しください。(笑!



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Posted by 酒そば本舗店長 at 15:48Comments(0)そばの雑学